7.結婚生活-3
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それから間もなくして、美穂が妊娠していることが判明した。英明は飛び上がらんばかりに喜んだ。電話口で良枝も悲鳴に近い大声で喜びを表現した。
美穂は新しい命を、好きな男性と一緒にこしらえたこの小さな命を自らの身体で育むという喜びを噛みしめていた。母親になるというのはこういうことか、と美穂は自分がさらに人生を前に進んだという充実感を覚えていた。そして自分が人生を共に歩くと誓ったこの男性と一緒にこの子の親になるために、出産についての本や育児雑誌を努めて読むようになっていた。
自分のお腹が大きくなっていくにつれ、美穂の英明への思いもどんどん膨らんでいった。生まれる幼子を二人で守り育てるという漠然とした気持ちがしだいに現実味を帯びていった。夫の英明は、美穂が臨月近くになるとできる限り妻と一緒にいようと必要以上の仕事に手を出さず、同僚との飲み会も最小限のものに限定して、家庭にいる時間を最大限確保して美穂の身体とそこに宿った我が子をいたわるのだった。美穂はそういう英明の姿を見て、この人と結婚できて本当に良かった、きっと幸せな三人暮らしができる、と心から安心するのだった。英明はきっといい父親になるだろう。
そしてその年の9月、二人が結婚した日から数えて一年も経たずに美穂は女児を出産した。名付けはそれほど難航しなかった。美穂が考えた『真琴』という名をその女の子に授け、英明と一緒に子育ての日々を送ることになったのだった。美穂の予想通り、英明は真琴を生まれたその日から溺愛した。目の中に入れても痛くないというのはまさにこの人のためにある言葉だ、と美穂は半ば呆れたようによく口にした。
「そんなものよ」マユミは笑いながら言った。「うちのケニーも明らかに真雪だけをえこひいきしてるもん。ま、その分あたしが健太郎の方を溺愛してるんだけどね」
『シンチョコ』の喫茶スペースで美穂とマユミは久しぶりに会って話していた。
四か月を過ぎた真琴は美穂の腕の中ですやすやと寝息をたてている。
「可愛いわね。あたしも昔を思い出すよ」その愛らしい寝顔を覗き込んで、マユミは目を細めた。「目元はお父さん似ね」
「うん。みんなそう言う」
「でもすぐ大きくなっちゃうよ?」
「真雪ちゃんと健太郎君はもうすぐ5歳だよね。可愛いよね、二人とも」
「もう双子だから赤ん坊の頃は大変だったよ」
「あんたはその自慢の巨乳を二つも持ってるじゃない。母乳は余裕だったでしょ?」
「な、何言ってるの。やめてよね、巨乳だなんて」
「二人でも飲みきれないぐらい出してたんじゃない? あ、残りはケニーが飲んでくれるか」
「な、なに言ってるの。恥ずかしいこと言わないでよ」マユミは赤面した。「でもケニーは子育てにすっごく協力的だからあたしは幸せかな」
「やっぱりさ、英明さんも34歳だし、余計に可愛いって思うんだろうね」
「そうね。若い頃は子供そっちのけで自分が遊びたいって思ってる人が多いから、特に父親は育児に無関心だって言うよね」
「真琴にとっては幸せな状況かな。甘やかしすぎるのには気をつけとかないといけないけどね」
美穂はそう言って笑いながらカップを持ち上げた。
「どうして『真琴』っていう名前にしたの? 何か由来でも?」
美穂は動揺したように数回瞬きをして、無理に笑顔を作りながら言った。「女の子らしくていいな、って前から思ってたの」
「美穂や英明さんの字を使ったりはしてないのね」
「あ、あまり囚われるのもどうかと思って」
そう、と小さく言ってマユミもコーヒーを一口飲んだ。