6.過ち-2
シャワーを浴びながら、美穂はバスタブの中に膝を抱えて座った誠也に目を向けた。
「……あたし、後悔してないよ」
「うん」誠也は言葉少なにうなずいた。
「あなたは? 誠也君」
少し考えた込んだように鼻をこすった後、誠也は小さな声で言った。
「俺も……」
バスルームを出るまで二人はそれ以上言葉を交わさなかった。
ベッドに戻り、ベッドカバーをめくった美穂は、すぐ後にバスルームから出てきた誠也を促して一緒に横になった。
「二次会であたしと再会することに抵抗はなかったの? 誠也君」
「貴女だとは思ってなかったんだ」
「そうなの?」
「だって、貴女がこんなにすぐ結婚する女の人だなんてあの時は思ってなかったし。美穂っていう同じ名前の人と叔父さんは結婚するのか、ってちょっと運命的なものは感じたけどね」
美穂は独り言のように言った。
「運命的……なんだよ、きっと」
「そうなのかも……」
「こんなこと言い訳にしか聞こえないけど」
天井のシャンデリアを見上げながら美穂が言った。
「うん」
「あたし、英明さんとこれから一緒に暮らしていくのが少し不安だったの」
「マリッジブルーってやつ?」
「そうなのかな……。でも彼のことは間違いなく好き。尊敬もしてるし、大切にしたいって思ってる」
「幸せだね、叔父さんも」
「でも……」
美穂は誠也の手を握った。
「あなたのことも好き」
「俺も美穂さんが好きだよ。たぶん今までで一番好きになれる」
「でも、許されないんだよね……」
「……そうだね」
誠也は大きなため息をついた。
「嘘は言いたくないから、正直に言うね」
誠也は美穂に身体を向けた。
「あなたにしか反応しない部分があるの。あたしの身体の中に」
「反応?」
美穂はうなずいた。「あなたと会っている時にだけ、心臓全体が動き出して身体の一番奥が熱くなって疼くの」
「そうなんだ……」
「英明さんではそうはならない」
「結婚して一緒に暮らしていれば同じように反応するんじゃない?」
美穂は首を振った。「直感で解る。申し訳ないけどあの人に抱かれてもそんなことにはならない。ずっと」
そう言いながら美穂は、夜を共にする度にぎこちない動きで自分を抱き、最後は苦痛だとしか思えないような表情で果てる英明の様子を思い出していた。
誠也は再び仰向けになり、天井を見つめ、おもしろくなさそうに言った。「それじゃどうして結婚なんてするんだよ。おかしいよ」
「どうしてだろうね……」今度は美穂が誠也に身体を向けた。
誠也は後頭部に両手を敷いてじっと上を向いていた。
「一緒に生活する相手に選んだのが英明さん。だから結婚するの」
「愛情はなくても?」
「愛情……って言っていいのかわからないけど、家族になりたいって思う気持ちは大きい」
誠也は顔だけ美穂に向けた。「そういうのって愛情っていうの?」
「結婚した相手にだけ心も身体も全部独占させるって、考えてみれば無理があるって思わない?」
「言ってる意味がわからないんですけど」誠也はいらいらしたように言った。
「あたしも自分で何を言ってるかわからない」
美穂は自嘲気味に笑った。
「あなたは?」
「えっ?」
意表を突かれて誠也は口を半開きにしたまま固まった。
「あなただって結婚してるのに、あたしのこと好きだって言ったじゃない。さっき」
「俺は元々あの人に心も身体も独占させる気なんかないから」
「じゃあ、どうして夫婦でいるの?」
誠也は口をつぐんだ。
「単にあたしを抱きたいって思ったからとりあえずそう言ってみた?」
「ち、違う! 絶対に違うよ!」
誠也は自分でもびっくりするような大声で叫び、すぐにしまったという顔でまた黙り込んだ。
「ごめんなさい、意地悪な言い方だった」美穂は誠也の手を取って天井を見上げた。「正直こんなこと訊きたくないし、訊いた所でどうなるわけでもないんだけど」
誠也は美穂の顔を見てうなずいた。