2.交際-2
『もし、君が迷惑でなければ、今夜電話をしてくれませんか?』
その短い文の下に増岡の携帯の番号が記されていた。すっかり涼しい気候になっていたのに、美穂の顔はかっと熱を帯びた。
それから美穂は増岡にプライベートで誘われるようになった。
学校で電話番号の書かれた紙を渡されて一か月程経った頃、二人で初めて入った『シンチョコ』の喫茶スペースで美穂は増岡に告白された。
「おつき合いをしたいんです。君と」
おもむろに立ち上がり丁寧に頭を下げた増岡を美穂は恥ずかしげに見上げた。
はいと小さな声で応え、端から見たら無理して作ったような微笑みを緊張した面持ちで直立不動のまま固まっていた増岡に向けると、その大柄な男性はひどく嬉しそうに顔をほころばせた。そしてあの子供のような可愛らしい笑顔を作って椅子に座り直した。
「ありがとう……ございます」
英明は緊張が一気にほぐれたようにはあっと大きなため息をついた。
その時増岡英明は32歳。美穂とは10歳の年齢差だった。
学校の教師というのは決して楽な仕事ではない。特に残業が認められていないにも関わらず、定時で退勤できる日など年に数えるほどしかない。その上ほとんど義務的に何かの部活動の担当を言いつけられる。美穂はそれを学校への教材の配達業務をやり始めてから知った。卓球部の顧問をしている増岡は授業のない日も練習試合などで出勤する週末を送っていたが、美穂とつき合い始めてからはもう一人の担当の教師に練習の指導を頼んだり、練習時間をやりくりしたりして、できる限りのデートの時間を捻出してくれた。
増岡は世の中の恋人たちがそうするように食事や映画に美穂を誘い、二人で一緒に過ごす時間を純粋に楽しんでいるようだった。美穂の前では彼は教師のイメージとして思われているような説教がましい物言いもしないし、才を衒ったりもしなかった。美穂はそういう増岡の振る舞いに恋人としての好意以上のものを持ち始めていた。