第8話-1
「沙耶香さん、どうっすかコレ! いけてるっしょ? 昨日徹夜で作ったんすよ!」
夜の集会場。
諸橋に今日も呼び出された沙耶香は、テンションが高いヨウコが差し出すステッカーを胡散臭そうに見る。
とことん不良という連中はこういうものが好きらしい。
本能なのだろう。
すぐに集団にかたまり、チーム名だとかそろいの格好とかにのぼせ上がる。
だからステッカーに書かれた文字を見ても、ふーんあっそとしか思えなかった。
”黒姫 〜BLACK ROYAL〜”
どうやら漢字二文字の読みは”くろひめ”でそれとは別に英語のスペルも付いている。
どっちが正式名称なのかも全くわからない。
「あんた、ほんっとそういうのよく恥ずかしげもなくできるよな。なんだよこれ?」
「ぜんぜん恥ずかしくなんかないっすよ! 沙耶香さんのイメージそのまま”くろひめ”っていけてるっしょ? んで、英語読みもさせるのが族の基本っすから! くろひめでブラックロイヤルっす!」
結局聞いても意味などわからなかった。
英単語の使い方も正しいのかどうか怪しい。
でも恐らくそんなことは問題ではなく、ただノリと勢いだけでいいのだ、こいつらは。
つくづく自分はこういう生き物とは別物なのだと嘆息する。
しかし今日も諸橋に犯されるだろう憂鬱な気持ちがヨウコの能天気な馬鹿馬鹿しさを見てると不思議に和らいでくるような気持ちになってしまう。
いくらつらい現実があるためとはいえ、自分もヤキがまわってきたなと思いつつ。
そのまま盛り上がるヨウコを放っておいた。
後に思うとそれが最大の失敗だった。
すぐにヨウコの思いつきは周囲に広まり。
「黒姫」というのが沙耶香の通称に。
そして沙耶香を固める集団が「ブラックロイヤル」と呼ばれるようになってしまう。
沙耶香は苦々しい顔でそう呼ばれても無視し続けるが。
既に時は遅かった。
やっとバイクの免許を取ってわずらわしい送迎からも開放されると思いきや、待っていたのは全員黒の特攻服で身を固め、沙耶香こと黒姫をトップに戴くチームブラックロイヤルの面々であった。
最初から相手にするつもりも無かったが。
元紅百足の頭だった木山が自分たちの美しい総長にと用意した単車を見て心を動かされる。
それは漆黒のカラーリングをされた古い型のバイクであった。
カミナリマッパだかなんだかと木山は熱弁をふるっていたがよく覚えていない。
ただ”真っ裸?”などと見当違いの聞き間違いをしたことだけは覚えている。
それ以外のことは全て目の前の鉄塊に意識が奪われてわからなかったのだ。
無骨なエンジン部から伸びるマフラーは白銀に輝き。
漆黒に染まるボディーは直線的でありながら丸みを帯びた芸術的なライン。
一つ目のフロントライトがクラシカルな魅力をこれでもかと放出している。
教習所で使わされた無機質な印象のバイクとは全く違ったその存在に一瞬で魅了された。
さらには新しく買う金のあても無かったのもある。
だからたとえ自分が取った中型免許では乗れないものだと薄々わかっていても気づかないふりをして。
くれるモンならもらっとこうと結局跨った。
そしてエンジンに火を入れた瞬間虜になる。
全能の翼を手に入れたような感覚。
己を縛る現実から開放されどこまでも飛んでいける。
そんな自由で開放的なイメージが流れ込んでくる。
アイドリングの脈動が、鋼の心臓とオイルの血液によって確かにこの相棒が生きていることを確信させ。
沙耶香は本能の赴くままに疾走を開始する。
風と爆音。
流れる景色と遠い空。
その時、自分を取り巻く全てを忘れ。
沙耶香はひたすら走り続けた。
ともすれば諸橋に与えられる恥辱の数々が頭をよぎり。
命を失いかねない無謀な運転を重ねるも。
それすら糧として速度を上げていく。
かつてスポーツに傾けられていた身体能力は、全て運転技術へと割り振られた。
本人は理解すらしていないが、旧車の中でもピーキーで扱いにくい筈のトルクの塊は手足のように反応をする。
フロントを浮かせながら驚異的な加速をして少女を今ある空間から瞬時に離脱させる。
何時しか近郊では音速の黒姫の名がとどろき始め。
誰も沙耶香に追いつけるものはいなくなっていた。
長く美しい黒髪を靡かせた美少女が駆る一台の単車が弾丸のように過ぎ去り。
その後しばらくたってからブラックロイヤルのメンバーが続いていく。
そんな光景が当たり前のようになっていた。