第8話-3
「サヤカサン、コンチャーッスっっ!!」
3年や2年の悪ぶって不良じみた少年たちが大声で呼ばわる中を全く無視して校舎へと歩いていく。
それを入ったばかりの1年生たちが遠回りに熱っぽい視線で見ている。
この頃の朝の風物詩となりつつある沙耶香の登校風景が今日も展開していた。
当の本人はわざわざ近寄ってくんなよ、空気読めよと羞恥に苛立ちながら脚を進めていく。
夏のセーラー服に短めのスカート、足先は紺の脛丈ソックスにローファー。
長く艶やかな黒髪とあいまったその格好は相変わらず不良、それも暴走族のレディースなどにはとても見えない。
むしろ田舎町では進んだセンスであったろう。
不良以外の女子も憧憬の目を向けてくるのは沙耶香のそんなところに原因があった。
そんな沙耶香が歩を進める先、校門前で服装検査をしている体育教師とつかまった女子生徒の姿が目に入る。
近づくほどに耳に入り始める指導の声。
「なんだお前、この長さは? 年頃の娘がなに考えてんだ?」
「いのくまセンセー、オハヨーございまーす」
ぴたりと脚を止めて沙耶香は声を掛ける。
今まさに女生徒を屈服させようとしていた猪熊は、その存在に気づいて真っ青になった。
「と、東条……」
「アタシのスカートもそんくらいだけど。発育が良くって足が長いからこーなっちゃうんすよ。勘弁してくれない?」
少なからず周囲の注目を浴びながら悪びれた風もなく、堂々と言い放つ。
その言葉を受けて教師は赤くなったりまた青くなったりしていたが。
遂にはくそっと言い残して去っていく。
かつての力関係は完全に逆転していた。
沙耶香には前田に奪われた数々の証拠品を抑えられており、かつやろうと思えば何時でも暴力に訴えることすら可能だと猪熊は思い込んでいた。
実際には沙耶香は何も持っておらず、周囲の人間を使って暴力に訴えることも考えていなかったが。(言えば喜んでやるだろうけども)
ただ勝手に怯える破廉恥男を心の底から軽蔑する態度を隠すことはしなかった。
去っていく猪熊を見やった後、絡まれていた女子に、
「気をつけな。あいつ、校門の影で獲物を物色してるから。姿が見えなくても油断しないほうがいいよ」
そう言ってそのまま校舎へと向かう。
その背を感極まった後輩の声が追う。
憂さ晴らしに思わずやってしまったと後悔しながら。
もう余計なことはやめておこうと心に誓うのであった。