第8話-2
その国道沿いのドライブインは小さな駐車場と自販機スペースがあるだけの簡素な場所であった。
そこにコーヒーで一服している3人連れの男たち。
峠を愛車のスポーツカーで攻めた帰り、たった今済ませてきた走りの出来や四方山の話に花をさかせている。
と、そこにパンッパンッと甲高い珍しいエンジン音を響かせながら1台のバイクが入ってきた。
少し距離を置いて停車させた単車から降りた姿に男たちは目を奪われる。
黒い特攻服に白いサラシを巻いた黒髪の美少女。
明らかに暴走族のレディースだが、そんなことは関係がなくなるほどの見目麗しさ。
並みのレベルではないオンナの登場に沸き立つ。
「見ろよ……すっげーハイレベル」
「ゾッキーは趣味じゃねえけど、あれはいくっかねーべ」
自販機に小銭を入れている様子の女へと腰を上げかける二人にもう一人が低い声で制止をかける。
「ばか。ありゃ黒姫だ。”黒い高潔”……。ブラックロイヤルのお姫様だろ。俺らが手ぇ出せるシロモンじゃねえよ」
一瞬で身体を固める二人。
「あ、あれが……。諸橋のオンナって噂の」
「それだけじゃねえよ。リンチレイプシンナーご法度のめっちゃ筋通ったチームを圧倒的なカリスマで纏め上げてるって。メンバーは全員黒姫に心酔しきってて、忠誠はハンパねぇらしい」
ごくりと喉を鳴らす音。
「それにあの単車。黒のカワサキマッハV。希少価値が高いあの骨董品をまるでレーサーみてぇに転がしてやがる。俺らのアシじゃとてもじゃねえけど追いつけねえだろうな」
少なからず走りを旨としてきた男たちにその意味が染み込んで来る。
「……そんなヤツに手ぇ出したら、命いくつあってもたらねえわ」
そうしてぼそぼそと噂話を続ける男たちをよそに。
少女は飲み終わったショート缶をくずかごに放り込みとめたバイクに向かう。
そして信じられないような速度で走り去った後。
巨大な音と光の群れが近づいてきて。
男たちの目の前を数十台の暴走族が通り過ぎていった。
………
そもそも沙耶香が黒の特攻服を着るようになったのも、「一人だけセーラー服だと異常に目立つ」ことと、「スカートだと高速で走るのは難しい」ことに気づいたからだった。
元々、まとまった金など無い沙耶香は免許を取るのですっからかんでライダースのようなものを買う余裕などない。
さらに自分たちの主人の趣味を最大限に汲み取ろうと必死なヨウコたちが用意した特攻服のデザインは、一般的な暴走族の格好にあるごてごてした刺繍や「愛羅武悠」などの当て字が一切ない黒一色のシンプルなもの。
だから抵抗も少なかったのもあり、身にまとうようになってしまっていた。
そしてふと気がついたときには、傍から見れば完全に暴走族のレディースになっていた。
近頃では周りが勝手に盛り上がっていく一方。
たまに一人で流していると、その特徴的なバイクの音を聞きつけていつの間にかブラックロイヤルのメンバーが後ろについてくる。
相手にするのが嫌だったから何時もぶっちぎってしまうのだが。
それすらも自分を取り巻く「伝説」とやらになっていると聞き、心底うんざりした。
だが走ることだけは止められない。
いや、だからこそ止められないのだ。
いつしか諸橋は自分を呼び出しはするものの抱くことは無くなった。
ただ側に置いて、見つめてくる。
ぼそぼそと言葉をかけてくる。
もうそのころになると、薄々この男が己に向けている感情に沙耶香も気づき始めていた。
自分の中には受け入れられない負の気持ちも残っている。
しかし確かに存在し始めているそれ以外の感情が何なのか自分でもわからなかった。
悠一の少年院からの退院が近い。
これからどうなるのか、どうすればいいのか。
騒ぐ周囲の喧騒と盛り上がりと併せて、心がひたすら重かった。
それらの懸念を一時的にでも忘れさせてくれるバイクにますますのめりこんでいく。
免許違反なので普段は乗らず、バイクを乗り始めたヨウコから奪ったスクーターを使っているが。
数日と置かず、黒い愛機に跨って夜の道を疾走していた。
既に季節は初夏。
衣替えでセーラー服の夏服を出した沙耶香はヨウコのアホな顔を見なくてはならないかと思うと自然と重くなる足をひきずってスクーターに跨り、学校に向けて走り出した。