第5話-4
「あんたが諸橋? ちょっとハナシがあんだけど」
気迫のある声を目の前の男に投げかける。
喫茶店と酒場の中間のような内装の屋内には、見るからに荒くれ者と思われる男たちがたむろしていた。
その中心に座る、大きな体躯の男。
それが恐怖で近郊を支配するアウトローの頂点、諸橋であった。
「お前……東条だろ? あの半端ヤローしかいない学校で女番張ってる? なんだよ、俺の下につきてえのか?」
金色に染めたトサカを揺らし、眼光鋭くこちらを見ている。
それだけで沙耶香を恐怖と圧力が襲った。
並みの不良とは違う、無頼の塊がそこにはあった。
己を奮い立たせて毅然と言い放つ。
「前田の妹を襲ったのはあんたんとこのやつらだろ? それをやめるよう言いにきたんだよ! くだらねーことやってんじゃねーよっ!」
………
突然訪れた時と同様、沙耶香が得た束の間の幸せはまるで幻だったかのようにいきなり崩れ去った。
始まりは敵対する諸橋に挑発された悠一が激昂して、仲間を引き連れて攻め入ったことだった。
数十人が殴りあう乱闘になったが、初めから諸橋は近くに警官が待機していたことを把握しており、逃げられる準備をしていた。
それを全く知らなかった悠一は逃げ始めた諸橋を追おうとするも警官に阻まれる。
普通であれば冷静に身を引ける筈であったがその時は違った。
悠一はキレていたのだ。
普段の様からは想像もできない、激情に駆られて咆哮を上げ握ったこぶしで敵を殴り潰していた悠一に不良少年も警官の区別もつかなくなっていた。
「諸橋ーーーーっ! ばっくれてんじゃねーよ! 殺してやるぅ……殺してやるからよぅっ!!」
警官をそのまま数人なぎ倒した。
その時点で警官の任務は喧嘩の仲裁ではなくなった。
公務執行妨害と暴行の犯人となった悠一を警官たちは一気に取り囲む。
さらに数人を殴りつけ、罪を重ねた少年は。
現行犯逮捕された。
事態はそれで終わらなかった。
半年の少年院送りとなった恋人を気遣う暇もなく、ショックで立ち直れない沙耶香にさらに追い討ちをかけるようなことが起きる。
加奈がつけまわされるようになったのだ。
悠一がいなくなった機会に、可憐なその妹を陵辱しようと諸橋の一派が嫌がらせをしているのは間違いなかった。
やがて加奈が夜道を襲われて犯されそうになるにいたり、沙耶香は決断をする。
「だ、大丈夫だって。アニキがいなくてもこんくらい。沙耶香さんは心配しないでよ」
電話口から聞こえる声はわずかに震えている。
それを気丈にごまかそうとしている分、余計に悲壮感が漂う。
通りがかった人間がいたため未遂で終わったが、明らかに少女の心に深い傷跡を残しているのは間違いなかった。
「……そう。わかった。……話は変わるけど。加奈ちゃん、アタシこれから忙しくなるからちょっと連絡取れなくなるから。それを言うつもりだったんだ」
あえて冷徹な声音を出す。
「……! そ、そっか。うん。いいよ、気にしないで。半年も出てこれないヤツなんか待つことないよ……」
ショックを隠しきれない加奈の声。
それでも今は突き放すことが最善だと沙耶香は信じる。
「そう言ってくれると助かるよ。……じゃあね」
そのまま電話を切った。
しばしあのやさしい兄妹がくれたつかの間の暖かい思い出に浸る。
絶望の連続で荒み凍えきった心をやさしくあたためてくれた。
初めて好きになった男。
心から笑い合えた少女。
それを今自ら断ち切った。
せめて心の中で謝罪する。
”ごめん。そして今までありがとう……”
………
「オメエ……。やめろと言われて「はい、わかりました」なんて言うと思ってんのか? 頭、わいてんじゃねえの?」
嘲笑うように言う諸橋の側近と思われる男の言葉。
それに同調して周囲の人間も声を上げる。
ひとしきり笑い声が上がったあと、黙っている支配者の様子に自然と静かになると、諸橋は口を開く。
「で? タダでそんな言い分が通るとは思ってねえんだろ?」
決意の顔を持って沙耶香は答える。
「……アタシを好きにしな。前田の妹をつけねらうのをやめるんなら、代わりにアタシが相手してやるよ」
顔色を変えずに諸橋はじっくりと沙耶香を足元から値踏みするようにみやる。
セーラー服の冬服に短めのスカート、黒いストッキング。
髪は艶やかな黒色、メイクも薄く自然なもので、自分の周りにいる女の中には見たことがない種類の少女。
不良連中の間ではもの珍しい格好に目を細める。
真っ向から目を見据えて言う。
「お前、前田のオンナなんだろ? オレに股開くってことがどういうことかわかってんのか?」
言われた少女は一瞬顔をゆがめるが、強い眼差しを返す。
「関係ねーだろ……。さあ、どうすんだよ。タダでやらせてやるっていってんだよ。さっさと決めろよ!」
自分を叱咤するかのように声を張り上げる。
やがて唇の端を持ち上げて。
諸橋は沙耶香に告げた。
「とりあえず、ここにいる全員を相手にしてもらうか」