おはよう!-4
「そうだよ」
「!」
自分の後方から聞こえた声に、和音は振り向いた。
ただ、声が聞こえたことには驚くが、その人物がいることには驚かない。
何故なら、呼び出したのは和音自身だから。
「急に呼び出す奴があるかよ、驚くっての。」
「・・・」
不満げに漏らす、学生服の奏多を見て、和音は自分の手元にあるアルバムの写真と見比べる。
やはり、この男の子と奏多は同一人物のようだった。
黒髪もそうだが、面影が繋がっている。
確認が出来た、と思った和音はパタンとアルバムを閉じた。
顔を上げると、丁度奏多が和音の傍まで歩いてきたところだった。
「それ、アルバム?」
和音の手にあるアルバムを見た奏多は、聞く。
頷いた和音の手からアルバムを借りると、中を開いてページを捲っていく。
その奏多の様子を見て、和音は口を開けた。
「・・・奏多、写真に写ってるよ」
「んー、どれ?」
「・・スイカの。合宿のところ。」
和音が、探していた男の子を奏多だと確信した、スイカの写真をさりげなく教える。
そんな和音の意図を図ろうともせずに、奏多は呑気に言われたページの写真を見つけて、
「おー、こんなの撮られてたんだ」と言う。
奏多の台詞で、奏多だと再確認出来た和音は、手をぎゅっと握り締めた。
「写真。」
「ん?」
「今は、無いけど。その中には、幼い私を見てる奏多が写ってる写真がある。」
どう言おうか、少し躊躇ったが、こう言うしか説明がつかなかったので、素直にどんな写真だったかを伝える。
伝えて、どうこうしたいわけではなかったのも事実だが、このまま知らなかったことにしたくもなかった。
「その写真の通り・・前から私を知ってたの・・?」
「その写真って、これ?」
和音の質問には答えず、奏多は自分のバッグから黒色の財布を取り出した。
財布を開いて、薄い紙を和音に見せる。
それを見た和音は、一瞬で息を飲んだ。
「これ・・!!」
思わず声を荒げる。
探していた写真が、和音の目の前にぶら下げられたのだ。
反応しないわけがない。
一方、その写真を持っていた奏多は平然と、和音にその写真を渡す。
和音は、食い入るように渡された写真を手に取って見つめる。
ただただ、何も言わず、驚きを隠せないまま写真を見つめる和音を、奏多は横目で見る。
しばらく無言の状態が続き、先に言葉を発したのは和音だった。
「これ・・どうして・・?」
その言葉で、写真の在り処を問う。
奏多に表情を見せないよう、無意識に俯きながら。
どこか緊張している和音に気づいてはいるものの、奏多は何も言わず、静かに語りだす。
「その写真は、元はこのアルバム用に撮られてたものだったんだよ。それを、このアルバムに貼られる前に俺が頼み込んで、隊長からもらった。」
「・・・じゃあ、どうしてこの前このアルバムに入っていたの?」
「春休み、俺が早く来ていたのは知ってるよな?」
「早く・・。あ・・」
奏多がとても早く来ていた日。
それは、和音が姉の天音と喧嘩をして、頬につけた傷を奏多に手当してもらった日。
その日のことを言っていると察した和音は、頷いてみせた。
和音が奏多の言ったことを理解し、奏多は和音の手から写真を受け取り、そのまま話を続ける。
「自分の持ってた写真と、アルバムの写真を重ねたかったんだよ。」
「重ねる・・?」
奏多の言葉が理解できず、そのまま聞き返すことしか出来ない。
そんな和音の戸惑いに気付きながらも、今度は待つことをせずそのまま奏多は続ける。
「俺にとって、忘れられなかったから。」
「・・・は・・?」
「この写真のしばらく後に鼓笛隊辞めて、一時期離れていたけど、その間も、そのあとも忘れられなかった。」
写真から視線を外して、和音をじっと見つめる奏多。
その視線に、和音は息を飲んだ。
次第に見られていることが恥ずかしくなり、視線を逸らしたい衝動に駆られるが、どうしても真剣な表情をする奏多から目が離せない。
どういうことなのか、と問い詰めたいのに、何も言葉が出てこない。
頭が真っ白になっている和音には。
しばらく、何も音のしない、静寂が漂った。
奏多は黙ったまま、ただ和音を真剣な表情でじっと見つめるだけ。
和音は、何を、どこから問いただせばいいのか分からず、かと言って、いつになく真剣な表情を見せる奏多から視線を逸らすことも出来ず、ただただ眉を下げるだけだった。
困り果てたように、奏多を呼び出すまでの先程の勢いを失くし、眉を下げる和音を見て、奏多は大きく息を吐いた。
ガリガリと頭をかくと、今度は真剣なものではなく、少しだけ和音と同じような表情になった。
「別に和音を困らせたくなかったんだけど」
「・・か、なたが・・」
「うん?」
少しだけ張り詰めた雰囲気が消えたことで、和音はなんとか言葉を絞り出す。
「私を、忘れられなかった、って・・どういう意味・・?」