おはよう!-3
「え・・私、あの子の話、前にもした?」
驚きと戸惑いを隠せず、雫へと問う言葉が少しだけ震える。
雫は頬に手を当てて、必死に思い出そうとしている。
「その子の話は初めてなんだけど、違う人の話で・・うーん、最近、聞いたんだけど」
「・・・それって・・」
‐ たった一人しかいないじゃない。
その言葉は、声になって出ては来なかった。
和音が雫に最近、人の特徴を話した紹介話。
その人物は、和音の中ではたった一人しか当てはまらなかった。
思い出せない雫の向こうで、和音は記憶のピースを繋げた。
思わず唇をきゅっと噛み締めると、ガタンっと音を立たせて、椅子から立ち上がった。
「和音?」
少し驚いている雫を見て、和音は「ごめん、用事出来た」とだけ喋ってから、返事も聞かずに鞄を手にしてカフェの出入り口に向かう。
「和音!?」
雫の驚く声を聞きながらも、そのままカフェを出た和音はセーターのポケットからケータイを取り出した。
ある人物に呼び出しのメールを打つ。
歩いていたはずの歩幅は次第に大きくなり、気が付くと走っていた。
その足は、駅へと向かっていた。
*****
目的の場所に着いた和音は、鼓笛隊の練習所にある管理人室から倉庫の鍵を受け取り、いち早く楽器の倉庫に足を踏み入れていた。
ここは、自分が、あの写真が入ったアルバムを偶然見つけた場所。
倉庫の奥にある棚に並ぶ中から1冊のアルバムを手に取り、はやる気持ちでページを開く。
11年前の、アルバム。その中に、あの写真があった。
自分を見つめる、男の子。
和音とそう年の変わらない、黒髪の男の子。
見つけた時には誰か分からなかったが、客観的に思い出した今なら繋がる。
あの男の子が、誰なのか。
期待と、緊張が混じるような感情を持て余したまま、和音はページを一つずつ捲っていく。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
しかし、あの時に見つけた写真は、どのページにも見当たらなかった。
「・・え、うそ・・どうして・・」
信じられないという気持ちで、もう一度、ページを辿ってみる。
それでも、あの写真を見つけることは出来なかった。
完全に剥がれて、落ちてしまったのかと慌てて床を見渡すが、写真らしきものはどこにも無かった。
棚の奥も同様だった。
「どうして?あの写真はアルバムにあったものじゃないの・・?」
アルバムを手に、愕然となる和音。
あの写真が無ければ、確認が出来ない。どうしようかと考える和音。
「(・・まって。)」
ふと、自分の手にあるアルバムを広げてみて、思いつく。
「(あの写真に写っていて、一時的でも鼓笛隊に居たなら、他の写真にも写っているかも・・)」
あの写真にこだわらなくても、ほかの写真を探してみればいいと。
そのことに気付いた和音は、勢いよく手にしたアルバムのページに貼られている写真を一つ一つ見ていく。
合宿の写真、フェスティバルの写真、練習の写真、その全てのどこかに、あの男の子が写っていることを願いながら。
そして、とある写真を見つける。
そこには、和音のよく知っている二人も写っていた。
「・・これ・・」
その写真は、海辺でスイカを食べる男の子、とくにスネアチームの子を撮ったもののようで、3人が仲良く並んで映っていた。
その3人の顔に、和音もわかるほどの、面影が残っている。
波を背景に、防波堤の砂浜。
一人は、メガネをかける前の幼い晶斗。
一人は、帽子を被った航太。
そして、もう1人。
「・・・・見つけた・・」
あの写真では、小さかったからか、角度が悪かったのか。
誰なのかハッキリ分からなかったその子が、この写真ではハッキリと分かる。
そして、自分が写真を通して探している男の子と同一人物だということも。
「・・やっぱり、あの人だったんだ」
あの写真に写っていたのは。
「私を、見ていたのは・・奏多だったんだ」
「そうだよ」