碧の水浴-2
蒼はチェリーを指でつまみ、それを舌と唇で弄んだ。
「お兄さん、ここには良く来るの?」
蒼の微笑みは悪戯っぽいが、それはローティーンの少年のものではなかった。
言われたイケメンは、最高の笑みを浮かべて碧を見つめる。女性だったらたちまち陥落してしまうだろうその仕草は、自分の魅力に対する絶大な自信と傲慢とも言えるプライドを臭わせた。
「そうだね。気に入ってるんだ」
ここ、「ゲイの浜辺」だよね。碧は心の中で呟いた。
碧が裏側のネット、特定のアクセス権がなければ入れないサイトで知ったのは、ゲイ、それも「鬼畜」と呼ばれるサディストの巣窟が孤島の浜辺にあるという、嘘のような話。
閲覧制限時間わずか15分の間に落とした質の悪い動画は、淫乱な少年の欲望に火を灯けるのには十分すぎる程の過激なエッセンスに満たされていた。
「良かったらコテージに来ない?ゴルチェの新作が届いてるんだ。チョコレート、好きかな」
「ボクも新作だけど。溶けやすいから注意ね」
「ん。ホットチョコレート。それもいいなあ」
「ボク、猫舌じゃないから」
「じゃ、思いっきり熱くしてもいいね」
碧はあまり遠回しな比喩は嫌いだ。
イケメンが連れて行かれたコテージはまるで南洋の、例えばモルジブあたりにありそうなオープンタイプの小洒落た木造で、四棟のコテージが十字架のように配置され、中央に板敷きの低いテラスのような物があってそれを囲むように樫木のベンチが並んでいた。
その周りにはイケメンより年上と思われる男三人と女性が一人、COORSを片手にビーフジャーキーを囓っている。
「や。これはようこそ御入来」
「かっわいいなー、なあにこれ。どこの事務所から来たの」
「なわけねえだろ。こんな孤島に芸能人が来るか」
「ハッセルのマクロ、持って来りゃよかった……」
「あたし、今日はちょっと感動ものよっ、こんなの」
「……お前ホントに腐ってんなあ」
五人の大人たちは口々に碧を絶賛することに飽きなかった。
漆黒の天使の輪が輝く髪に触れ、マシュマロのように柔らかい肩を抱き、目立たないマニュキュアが塗られてよく手入れされた爪を褒め、長く濃い睫毛の羽ばたきを賞賛する。
少年特有の背中の翼の痕、肩胛骨の窪みを撫でてはため息を漏らし、傷ひとつ無い四肢の滑らかさに驚嘆する。
碧は最初から大人たちの玩具だった。
陽が傾き、海の空は静かなラベンダーの色に染まり始め、風はコテージを囲む椰子の木の葉を揺らした。空気が澄んでいるからだろうか、早くも宵の明星が鮮やかに天空に輝く。
「ホント、ねえ?その左耳のピアス、本物のダイアモンドなの?」
「ばあか。水着見て見ろよ、それ、アニエスじゃねえか。ならビー玉であるわきゃないだろ」
「セレブ?イイトコのお坊ちゃんよねえ……」
碧は女性によく見えるように髪を掻き上げた。そのピアスは誠が見繕い、碧が母親のアメックスを使って買ったもので、恐ろしいほど少年に似合う。
「うん。ボク、気に入ってるの。似合う?」
「ばっちぐー。それひとつでもっの凄く妖しいったら。そそるわ」
「ねね、俺も欲しいなっ。どこ?どこで買ったの?」
「えっと。ティファニーってトコ」
大人五人が押し黙る。