隣のお姉さんは、誰と-4
「何で教えてくれなかったんだよ! そんな大事なこと!」
「言われてたんだよ、美晴ちゃんから。あんたにだけは教えないでくれって」
大声でわめき散らす隼人に、孝枝は渋々口を割った。
「そ、そんな……」
「あんたを傷つけまいと思ったんだよ。あの子は昔っから気の優しい子だからね。それくらい
分かってやんな」
呆然と立ち尽くす隼人に、孝枝は厳しい口調で懇々と説く。
「それに、あたしらにはどうすることもできないんだよ。いくらお隣同士で長年仲よくさせて
もらったといっても、所詮は他人。立ち入ったことに口を挟める立場じゃないんだ」
「う……」
隼人は一言そう呻いたきり、黙りこくってしまった。
確かに、母の言う通りなのだろう。
自分は家族でも何でもない、単なる幼なじみのお隣さん。
余計なことを言える立場にないというのは、揺るぎのない事実であった。
――だが、しかし。
母の意見は正論だが、所詮それだけでしかない。
美晴がおそらく、いや確実に意に沿わぬ形での結婚を強いられようとしている。
その事実には、隼人の心を千々にかき乱し、理屈を超えた衝動を胸の奥から呼び起こすのに
十分といえるだけの重みがあった。
(美晴、姉ちゃん……)
隼人の脳裏にぼんやりと、美晴の優しい笑顔が浮かぶ。
ほんの小さな赤ん坊の頃からまるで実の弟のように自分のことを可愛がり、よく面倒を見て
くれたお姉さん。
それが、五歳年上の伊原美晴だった。
隼人は今十七歳だが、美晴との付き合いはそのまま年齢分。
隣の家で、部屋も同じ二階。窓が向き合っていて距離も近いため、毎日そこにへばりついて
他愛もない話をした。飛び移ることも可能だったので、親に秘密で何かする時はよくその手を
使ったものだ。
そんな隼人が美晴と距離を置いたのは、小学校高学年から中二くらいまでの一時期。
「何だよ、見んなよ」
この年頃の照れと苛立ちを、そのまま美晴にぶつけてしまうこともしばしばだった。
「うふふ。もう、隼人くんってば、可愛いんだから」
だが美晴は、ピリピリする隼人を母親のような、いやあるいはそれ以上の温かさで見守り、
包み込んでくれた。
(俺、やっぱり美晴姉ちゃんのことが……)
美晴への気持ちを隼人がはっきり自覚したのは、高校に入学する直前のこと。
いつの日か、自分の力で美晴を支えたい。
この頃には、隼人も素直にそう思うことができるようになっていた。
だが今の隼人は、何の力もないただの高校生。簡単に告白など、できるはずもない。
「焦ることないよ。ゆっくり行こうね、隼人くん」
美晴は隼人の思いに気づいているようだが、あえて知らないふりをしているのか、のんびり
そんなことを言ってはにこにこと笑うばかりだった。