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「あ、彩香からだ」
スマホから音が鳴ると、彼はすぐさまベッドから跳ね起きた。
あたしという女が隣で寝ていたにも関わらずーー。
視線の先には嬉々としてスマホをいじる彼の横顔。
そう言えば、久しぶりに彼女が出来たとあたしに嬉しそうに言ってきたんだっけ。
あたしは、と言うと、彼の温もりが残るシーツの上で、彩香という女に夢中になってる姿をぼんやり眺めるだけ。
ーーああ、やっぱりあたしはどんなに頑張っても彼の恋人になれないのか。
どんなに彼と一緒の時間を過ごしても。
どんなに彼と触れ合っても。
あたしが彼と出会ったのは、確か3年前の土砂降りの公園だった。
彼はその当時付き合っていた彼女に他好きされてズタボロで、あたしもまた、親の顔もろくに知らない不幸な環境が災いして、自堕落な日々を送っていた時だった。
互いに拠り所がなくなったあたし達が一緒になるのは、運命だったのだと思う。
痩せっぽちで小さかったあたしを、彼はその日の内に自宅に連れて帰り、そのまま互いに裸になって温かいお風呂に入った。
それから、あたし達は二人で暮らし始めることになる。
彼はいつもあたしに優しくて、たくさん抱き締めてくれた。
いつもベッドを共にして、仕事に出掛ける彼を見送り、暗い部屋でジッと彼の帰りを待つ、そんな地味で幸せな生活がずっと続くと、そう思っていたのに。
ベッドの上から湿った視線を送っても、彼は彩香とかいう女とのやり取りに夢中で、こちらの存在なんて忘れてしまったかのようだ。
久しぶりの彼女が、よっぽど嬉しいんだろうなあ。
彼が嬉しそうな顔をすればするほど、あたしは胸が痛くなる。
あたしがどんなに彼を愛していたって、この想いは通じることはないって、頭では理解しているから。
ふう、と彼は息を吐くと、スマホでのやり取りが終わったのか、テーブルにそれを置いてベッドに潜り込んできた。
花冷えのするこの季節、暖房なしでは寒かったのだろう。ベッドに戻ってきた彼の身体は冷たい空気の匂いがした。
「今度、彩香と旅行に行くことにした」
彼はあたしの頭を撫でながら、嬉しそうに目を細めた。
平気で他の女との惚気話をするなんて、無神経きわまりない。
ムカついてたまらないけど、彼の手があたしに触れていると思うと、どうしても身体が勝手に喜んでしまうのだ。
そしてきっと彼もまた、そんなあたしの心の内を見透かしているのだろう、クスリと余裕のある笑みをこちらに向けたかと思うと、いきなりあたしの身体を抱き上げた。
「心配しなくても、ちゃんとお前も連れていくよ」
あははと屈託なく笑ってあたしを見つめるその表情に胸が高鳴る。
ああ、悔しいけれどあたしはやっぱりこの笑顔が好きだ。
身体が勝手に喜んでーーあたしはついにくるんと巻いてあった尻尾を力なく動かしてしまった。
「ちゃんとペットOKのホテルにしたんだ。お前は彩香と初めましてだもんな。すごくいい娘だから、きっと気に入ってくれると思うよ」
彼は、そう言ってあたしを宝物のように優しく抱きしめた。