第30話『国内の村で発見!こんなところにお馬さん』-5
某離島寒村。 かつて人口が多かった村が、交通の便が悪化する等の理由でさびれることは世の習いだ。 本土から離れた諸島には、人口50名を下回る村がザラにあるが、原則として1つの島につき1頭の裸馬が供給される。 こういった島嶼(とうしょ)では、最も大切な仕事は『水』と『火』だ。 村民が暮らす沿岸部と離れた丘陵下に水は湧く。 この島では貴重な水に敬意を表する意味もあって、水を地面に這わせて運ぶことを是としない。 ではどうするかというと、水は頭に載せて運ばねばならず、昔から特製の平帽を被った上に水瓶(みずがめ)を乗せ、汲んだ水を運んできた。 島に配属されたウマは、ヒトと違って手の使用は禁止されているため、まず徹底して歩行法を鍛えられる。 姿勢を崩さず、身体の芯を一定にたもち、頭を上下させずに歩けるまで躾けられる。 そうして初めて湧き水へと連れて行かれ、同行した老婆――かつて自分が水汲みをしていたが、もはや重たい水を運ぶだけの体力はない――が、ウマを乗せた水瓶を湧き水で一杯にするわけだ。 ウマは手を遣わず、水瓶を落とさないようバランスを保ちながら、老婆に連れられて村へと水を運ばされる。 水に対する村人の執着は大概なため、1滴でも水を零そうものなら村人全員から折檻だ。 食事抜きなど当たり前、場合によっては尻が2倍に腫れるまで漆を塗った笞でぶたれることもある。 とはいえ水瓶と併せて20キロを超える重さを頭で支え、しかも手を遣わずに数キロを運ぶ芸当、並大抵の技量では勤まらない。 島の生活に熟練したウマであっても、水を零した罰が月に1度で済めば御の字、というのが現状といえる。
『火』に関しても、『水』に負けずおとらず制限が厳しい。 島は外の世界と繋がりが薄いため、諸事情あって外との交流が断たれた場合に備え、自分達で火をつけられるよう備えている。 そのため村の中央に社(やしろ)を組み、毎日そこに新しい『種火』を用意するのが習わしだ。 で、ライターやマッチといった文明の利器を遣わず社に種火を灯すことが、島におけるウマにとって水運びに並ぶ大切な仕事となる。 具体的には、毎朝島に自生する棕櫚(しゅろ)と椰子(やし)の皮を口で咥えて剥ぎとってから、『火起こし器』でもって擦ることで火をつけるのだ。 ウマは社に入り、ツタで編んだ丈夫な縄を咥え、両足に結ぶ。 縄の先は『火起こし器』に続いており、ウマが両足を上下させると、縄を通じて『火起こし器』の擂粉木(すりこぎ)が回転、摩擦熱で火がつく仕組みだ。 瞬間的に激しい摩擦が必要になるので、ウマは火をつける段になると、大きく深呼吸してから息を止め、気が違ったかと見紛うばかりに激しくその場で足踏みする。 トロット、ギャロップのレベルを超えた全力疾走だ。 だいたは1分以内に火がつくが、そもそも島は湿度が高く、長い時には火がつくまでに30分以上かかる。 村人が目覚める前になんとしても種火を用意しなければならず、失敗すれば水を零した時に勝る折檻が待っているため、ウマも必死だ。 火起こしに失敗したウマは、次の折檻を避けるため、より早起きして火を起こすようになるが、島で暮らすウマの平均起床時間が午前5時を回ることはない。 朝の5時前に起き、しかも直後に全力疾走……島で2年間を過ごしたならば、さぞかし寝起きがいいウマに成長すること請け合いだ。
世界の彼方此方で働くウマたち。 そんなウマ、特に裸馬を特集した番組の放送が始まってから、街で新規に裸馬になったもウマの態度が変化したという。 具体的にはヒトにより服従するようになり、露馬に昇格しようとする意気込みを隠さなくなった。 裸馬からすれば、もしも全国各地の寒村へ強制的に派遣されれば、番組に登場した裸馬のような過酷な日々が待っているのだから、何としても露馬に昇格しなければならない。 そのためなら、多少理不尽な扱いだろうが、屈辱的な要求だろうが、とにかくヒトに媚をうって、服従しつづける方が遥かにマシだ。 村での2年間と現在の屈辱を天秤にかけて、後者をとるほど気合が入ったものならば、そもそもウマになる道を選ばない、ともいえる。
かくしてヒトとウマとの共同生活は、全国各地へと広がってゆく。 こうして多様性が収斂(しゅうれん)し、新しい生活スタイルが生まれるのだった。