第30話『国内の村で発見!こんなところにお馬さん』-4
某河川沿村。 旧世紀中世に多発した河川の氾濫により、入り組んだ平地での農業を余儀なくされた集落がある。 他の農村では方形の畑を機械化し、大規模に営農している一方、ここでは小振りな畑を個々に扱い、昔ながらの『小麦・大豆・蓮華』三毛作が伝統的に続いていた。 この地区に配属された裸馬は、温暖湿潤な環境の下、クリームなしの完裸で日々の作務に従事する。 春の種蒔などは、ウマが主役だ。 乳首から『種籠』をぶら下げたウマが、うねを跨ぐべくがに股気味に、それでも膝を水平になるまで掲げながら闊歩する。 がに股で歩く振動により、種籠に開いた孔から種がこぼれ、やがて芽を出し穂をつける。 夏に乾燥が済んだ昨年の収穫物を処理することもウマの仕事だ。 乾燥させた小麦は石臼で挽いて小麦粉にする。 ウマは石臼から伸びた棹を腰に結び、石臼の周りをグルグル回る。 1頭でも粉が挽けるよう、棹は10メートルに達しようかという長さだ。 長ければ長い程引っ張る力は小さくて済むが、その分石臼一回転にかかる距離は長くなる。 1掴みの小麦を挽くには石臼2、3回転が必要なことを考えると、ウマたちが石臼を周回しなければならない回数は天文学的になるのだが……この地区は風もなく川の流れも弱いため、水車も風車も使えない。 ウマにかかる粉ひきの負担は、従って甘受するより他はない。 大豆は、大きさによって『次年度の種』『食用』『飼料』に分類する。 網を張った篩(ふるい)に大豆をあけ、篩ごと乳首からぶら下げたウマが、足踏みで身体を上下に揺らす。 小さな豆は、ポンポン跳ねて、乳首と一緒に揺れる篩から零れおちる。 こうして篩の深さを徐々に浅くしながら何度も足踏みを繰り返し、乳首が真っ赤くもげそうになるまで腫れたところで、一袋の大豆が仕分けされる寸法だ。 なお作業効率が遅れた場合、乳首だけでなくクリトリスにも篩を結び、ウマはその場足踏みに励まねばならない。 3つの突起をビンビンに勃起させ、懸命がに股で足踏みするウマの姿からは、ある種の郷愁が漂ってくることを禁じ得ない。
三毛作を継続するには、どうしても大量の施肥が必要になる。 そんな堆肥を作り施すこともまた、裸馬たちに課された大事な役目だ。 大規模農家であれば化学肥料を使うところを、この集落では伝統に則るという大義のもと、有機肥料で賄っている。 つまり、ヒトや家畜の排せつ物を各地から集め、発酵させて堆肥にするわけだ。 ウマは、堆肥づくりの手始めに、直接畑に入って青々と茂るレンゲ――根粒菌により土壌を富ませ、自身にも亜硝酸イオンを大量に含んでいる――を口いっぱいに頬張り、奥歯でもってすり潰す。 そうしておいて、各地から集めた排泄物は収穫を終えた畑の脇に積まれているのだが、そこに自分の唾液で捏ねたレンゲ汁を吐く。 両者が馴染み、唾液に含まれる乳酸菌でもって発酵が進めば、肥効覿面の堆肥になるわけだ。 また、肥効を上げるには新鮮な排泄物が欠かせないため、堆肥を熟成させる期間中、ウマたちは堆肥の山に登って小水、排便することが義務化している。 ちなみに各地から集めた排泄物は表面が酸化乾燥して固まっているため、この時点では匂いは少ないが、発酵が進むにつれて悍ましい薫りを発散する。
レンゲ汁と乾燥排泄物に自分達の汚物を混ぜて黄土色になった塊は、肥効をもたせるために撹拌、発酵させねばならず、撹拌はウマの役割だ。 肥料の山につま先をたてて素足をを突っ込み、砂を爪先で掘る要領で、ひたすら足を踏んでかき混ぜる。 表面は乾燥している一方、内側は熱がこもったトロ味を帯び、踏み込んだ足に纏わりつく。 素早く足を抜かない場合、絡みついた汚物に脚をとられて抜けなくなるため、ウマは脚を素早く上下させねばならない。 傍から見ていると、まるで足元に纏わりつく虫をすべて踏みつぶさんばかりに、トロットどころかギャロップ並の足踏みだ。 脚を抜くたびに糞便がとびちり、アミノ酸ゆらいのアンモニアが凄まじい薫りをまき散らす。 故に熟成中の堆肥を積んだ周辺は、おいそれと呼吸すら出来ないレベルで、悍ましい生々しさに包まれることになる。 そんな薫りの中でウマは延々と足踏みをさせられるわけだが、一山の堆肥を撹拌するのに最低半日はかかる だいたい1頭のウマに10個程の山が課せられるので、この時期のウマは夜を徹して撹拌にかかるのが常識だ。 撹拌が済めば、あとは1週間も放置すれば肥料として完成する。
完成した肥料は、撹拌時よりはマシとはいえ、発酵が進んでいるためやはり相当に臭く、とてもヒトは近づけない。 したがって、肥料を施す作業もまた、この村ではウマに割り振られることになる。 裸馬はヒトと違って手を使うことが許されないので、肥料を容器に移し替えて運搬することはままならない。 ゆえに肥料を畑に施す方法は、自分の身体を使うしかない。 ウマは自ら堆肥の中に入って屈むことで――中には頭から堆肥に突っ込む猛者なウマもいる――全身に肥料を纏う。 そうして全身を汚物塗れにしてから施肥するべき畑に赴き、地面に横たわる。 何度も寝返りをうつことで体を地面にこすりつけ、肥料を畑の土に馴染ませるわけだ。 1つの堆肥山につき、数百回かけて全部自分の身体に塗し、近くの畑に施すのだが、身体に塗しきれない肥料はどうしたって存在する。 けれどせっかくの肥料を無駄になんて許されるわけがなく、残った肥料はウマが口に含んで畑にまくことになるため、どのウマも残さないよう懸命に体を堆肥に塗すのだった。 こうしてヒトが収穫後の束の間の休息を味わう間こそ、ウマが最も活躍する時期といえる。
なお、破傷風や感染症を防ぐため、この地区のウマにはキニーネの類が十二分に施されている。 この地区を経て裸馬から露馬へ昇格したウマは、劣悪な環境に自分が置かれることを厭わない――自分自身の毛並み、みだしなみにも頓着しないが――、たくましいウマへと育つことが知られている。