放課後-5
しかし、この号泣は優衣ではなかった。優衣が羞恥に耐え難くなって号泣する直前、別の者が号泣しながら優衣をガバッと抱き締めた。
「うっ…」
その力強さに息が詰まり、優衣の号泣は引っ込んでしまった。
「うわああん、ごめんなさい、ごめんなさい」
号泣しながら何度も謝っていたのはミナミ先生だった。
児童を失神させることは学習指導要領では禁忌とされていたのに、教育に情熱を燃やすミナミ先生の使命感は強すぎた。優衣の失神で初めて事の重大さを痛感し、やり過ぎたことへの後悔の念に苛まされていたのだ。
ミナミ先生は優衣を保健室に運び込むと、授業を他の教師に任せて保健室に残った。優衣は給食の時間が過ぎても、午後の授業が始まっても目を覚まさなかった。ミナミ先生は横たわる優衣の傍らに付き添い続け、泣きながら【始末書】を書き上げていた。
そんなミナミ先生だからこそ、優衣の目覚めに対する反応は人一倍大きかった。
「せ、先生、苦しい…」
ミナミ先生にぎゅっと抱き締められた優衣が、辛うじてその声を絞り出した。
優衣の苦しげな声に、ミナミ先生はハッとした。
「ひっ!ご、ごめんなさい…」
パッと手を離したミナミ先生の顔は蒼白になっていた。
「けほっ…」
抱き締めから逃れられた優衣の口から、反射的に咳が出た。
「ああぁ…、あたし、またやってしまった…」
ナーバスになっていたミナミ先生は、優衣の咳だけで衝撃を受けてしまい、頭を抱え込んでしまった。
「せ、先生?」
悲壮感満載のミナミ先生に、優衣は戸惑った。
「ううっ…、教師を辞めるから赦して…ううっ…」
苦しげにポツリと溢れた言葉に、優衣はギョッとした。よく見れば、ベッドの端に【辞表】と書かれた封筒もあった。ミナミ先生は始末書と一緒にこれも書いていた。
「や、辞めるってどういうことですか!」
驚きで優衣の声が大きくなり、それがまたミナミ先生を追い込んだ。ミナミ先生のナーバス脳には優衣の言葉は『辞めるだけで済むと思うなよ』と翻訳されていた。
「うわあああん、ごめんなさい、死んでお詫びしますう〜」
ベッドに突っ伏して泣き崩れるミナミ先生。その拍子に、辞表の下に重なっていた【遺書】と書かれた封筒も現れた。ミナミ先生は始末書と辞表を書いた後、時間があったこともあって、ついでにこれも書き上げていたのだ。
「どえええーーーっ!」
優衣は目を見開いて驚いた。
「ど、どうしよう…」
うろたえた優衣が、慌てて周囲を見渡したが、クラスメート達はニヤニヤと笑みを浮かべて、全く意に介さない様子だった。
「先生が死ぬって言うてんのに、莉乃ちゃん達はなに笑ってんのよ!」
「あはは、大丈夫よ。いつものことなの」
「そうそう、月一のことよ。ミナミ先生、生理になるとこうなるのよ」
真剣な目をした優衣が怒鳴ったのに対して、莉乃と真理子が冷静に返した。
「へっ?生理…」
優衣はキョトンとなった。
「も、もしかして毎月こんな感じになるん?」
「そうなの。学校の名物だから心配しないで」
「心配しないでって言われても…」
そうは聞いても、ベッドに突っ伏して、「死ぬ〜」と泣いているミナミ先生が気になって仕方がなかった。そんな優衣に莉乃が助け船を出した。
「頭を撫でて優しくしてあげて。直ぐに治まるから」
「うそでしょ…」
「いつもは暫く放置して、もう少しみんなで楽しむんだけどね」
そんなことでこの修羅場が収まるとは思わなかったが、優衣は恐る恐るミナミ先生の頭に手を伸ばした。しかし…
「うおおおおん、おおおん」
優衣の手がミナミ先生の頭に触れた途端、予想に反してミナミ先生の号泣が大きくなった。
「ひえっ!」
優衣はその声に驚いて、ビクッと手を引いた。
「うふふ、ミナミ先生、今日は張り切ってるみたいね」
ミナミ先生の様子に莉乃は面白がったが、優衣にはさっぱりわからなかった。