序章-1
宮益坂を歩く恋人たちは溢れるように輝きを放ちバイトを終えたわたしは「本当にどうしようもなくなったら此処を頼るのよ」と告げた幡ヶ谷プロのオーナーの言葉を思い出していた。
わたしのバイトは高級ブランド店のスタッフとして高額な洋服をお店に提供されて何も分かってない冷やかしの10代の女の子を追い払うために雇われていた。今日もどうしようもない若い高校生を追い払うように小綺麗に着飾ったわたしを魅せつけて本物の大人のお客様が入店したら社員さんの元に届ける仕事を終えたところだった。
「夏希はどうやって帰るの」
同じバイト先で同じように派遣されてるモデル志望の沙織に声を掛けられていた。沙織はわたしと同じ21歳の大学生だった。沙織はわたしより少し背丈が低いがそれでも身体のラインは21歳としては振り返るほどの大人の上品さを漂わせていた。
「終電で帰るよ」
バイトで生計を建てるしかないわたしは地下鉄を乗り継いで40分掛けて世田谷のアパートに帰る必要があった。
「ご飯は」
「家で適当に食べる。またね沙織」
親から援助されてる大学生と違うわたしは食費の節約で精一杯なぎりぎりの日常を暮らしていた。高校卒業と共に上京を伝えた両親に猛反発されたわたしは家出をするように東京に出てきているためプロ契約のモデルになってから親を見返すように連絡しようと決めていたからだった。
田園都市線を乗り継いで深夜の夜道を避けるように国道沿いを歩いてアパートに着いたときは1時30分を過ぎていた。
「どうしよう。携帯料金を払ったら殆どお金がないよ」
代官山の雑貨屋で買った化粧ケースを備えた小さなテーブルの上に封筒で管理している生活費のお金を広げて溜息を吐いていた。
「どうしよう。本当に無い」
明日はバイトが休みだった。バイトで賄いが出ない日はわたしの家計に痛く響いていた。午前のモデルスクールを終えた後の予定なんてフリーターのわたしには何も無かった。だからといって他のバイトを掛け持ちするほどモデルの争いは簡単ではなかった。
「本当にどうしよう」
生活感の無い部屋で最終面接後に手渡された手書きの住所を見つめながら明日思い切って訪ねてみようかと思いながら冷凍ご飯を解凍して今朝刻んで作り置きした新鮮なキャベツと大量の水で今日をやり過ごして明日を考えることにしようと励ましていた。