第22話『ヌカず嫌い王選手権』-6
『――笑えばいいと思うよ?』
正面から『A』を見据える司会。
『……う、嬉しいです』
目を逸らし、俯いた『A』は、ポツリと呟いて顔をあげた。 辛うじて口許をあげ、パッと見は普通に笑っているように見えるが、よく観察すれば目許と頬がピクピク痙攣している。 感情と表情、両者の不一致は明らかだ。 それでも作り笑顔で答えた『A』に対し満足そうに頷くと、司会は『3番目のアドバイス』を選ぶよう『A』を促した。 『……トイレでお願いします』 どんどん小さくなる『A』の声に対し、説明する男性のトーンは上がり調子らしく、声もさっきよりよく透る。
『一言でいえば、長いんです。 しかもしょっちゅうトイレいってません? あれ、中で何してるんですか? 排泄は1日2回のハズだから、自分が思うに、Aさんは便座に座って休憩してると思うんですよね。 堂々とデスクで休めばいいのに、なんでそうしないかなって疑問なんです。 仕事をサボりたがる人は他にもいっぱいいるんだから、変に見栄はらないで、堂々とデスクで寛いだらどうですか。 だって、会社の全員が知ってますよ。 Aさんが見た目ばっかりきにして碌に仕事もしない、典型的なごく潰しってことくらいは。 さっさと寿でもして会社を辞めればって思ってても、誰にも相手にされないことも分かってるから、だからみんな強く言わないだけなんです。 『言えない』じゃなくて、可愛そう過ぎて『言えない』だけ。 今更人並みのフリはしんどそうで見てられません。 止めた方がいいですよ』
ストレートな罵声は、余りにも直球な場合に限り、怒りと直結しないことがある。 今の『A』がまさにソレで、面と向かって投げつけられた悪罵に気圧され、毒気を抜かれたのか、ポカンと口を開けていた。 『2ch』でなければ、もしくは1年前だったなら、確実に処分される暴言だ。 しかも1対1ならいざ知らず、全国ネットに流れる場である。 まさかここまで言われるとは想像していなかったのだろう、開いた口は中々塞がる気配がない。
『トイレはよくないねぇ。 穴が開いた椅子に座りっぱなしじゃ痔になっちゃう』
『そもそも匂いがうつるから、周りがクサい思いをするんです』
『同じサボるなら、匂いが充満しない分、机でサボってる方がまだマシってことか』
『はい。 同じ職場で正々堂々とサボられるのも、それはそれでイライラするんでしょうけどね。 でも、ま、今更って感じなんで、もう一々腹をたてたりしないと思うんですよ。 自分としては、Aさんがパンツも下ろさず、便座の蓋をしめた上に座ってる様子を想像するのが萎えるんで、ほどほどにして欲しいだけです』
『――だそうですけど、どう? 異論、反論、オブジェクションがあるんなら、何でもどうぞ』
ため息交じりの会話を経て、司会が『A』に水を向ける。
『あ、あの……あのね? 確かにあたしは席を立つ回数が多いかもしれないけど、そ、それは仕事ごとに場所をかえてやってるからで――』
『ほう。 普通仕事はデスクでやるもんでしょう?』
『そっ、それは、その――……』
どもりながらも『A』が弁明しようとした矢先、会場に据えられたモニターの映像が切り替わる。 それは『A』の社屋にある全トイレの録画映像。 フロアごとに設置されたトイレの個室に、順番に『A』が現れる様子が克明に記録されていた。 自分がトイレを『はしご』していた事実を突きつけられては、いかに気丈な女性でも抗弁しようがない。 実は会社が意図的に『A』から仕事を外し、窓際ならぬ手洗い際へ『A』を追いやっていたのだが……どちらにしても『A』がトイレに入り浸っていたという事実は事実。 無言で見つめる男性と司会に対峙し、『A』は助けを求めるかのように視線を周囲に彷徨わせる。 けれど誰からも、どこからもフォローがくるはずがなく。 今までは司会に促されるまで首肯しなかった『A』だが、今回は自分から、
『……さ、サボってすいませんでした。 も、もうトイレには、用を足す時以外はいきません……』
『分かってくれればいいんです。 おっぱいが大きいだけで仕事が出来ないバカ女でも、別に怒ったりしませんから。 同じ部屋の空気を吸って欲しくないとか、会社の寄生虫はサッサと辞めろとか、よく人前に出てこられるなぁとか、そんなこと全然思ってませんよ。 むしろ偉いと思ってるくらいです。 立場が逆だったら自分は自殺してるのに、ちゃんと毎朝出社するなんて、中々できないことですから』
『……ありがと……』
ニヤつく男性の棘を含んだ言い分にも、もはや素直に頭を下げるしか出来ない『A』。