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違和感は、玄関のドアを開けた瞬間。いや、ドアレバーを握ったときからあったかもしれない。
ドアを開けてなだれ込んでくる空気が暖かかったのと、身に覚えのない香水の匂いが混ざっていたのとで、美樹は思わず顔をしかめた。
次に意識を向けたのは、足元。
1Kの狭いアパートの玄関は、当然ながら狭く、半畳ほどの三和土は靴を出しっぱなしにしていると一気に貧乏臭くなってしまう。
だから、この家の主は靴を脱いだらすぐ横の靴箱にしまうのを習慣としていた。
そんな主も今は仕事で留守にしているはず。
だから今、美樹が感じている違和感は、本来あってはならないものであった。
暖かい空気も、少しキツめの香水の匂いも。
そして三和土に脱ぎっぱなしになっていた、ヒールの高い傷だらけの赤いエナメルパンプスもーー。
遅めの昼食で食べたサンドイッチが胸の辺りまでこみ上げてくる。
美樹は、口元を手で覆いながら、下品なパンプスの隣に自分の黒いプレーンパンプスをそっと並べてから、部屋に向かってゆらりと歩き始めた。
「……誰、アンタ」
ドアを無言で開けると、目に飛び込んできたのはかなり明るい髪の色をした女。
突然ドアを開けられて驚いた女は、一瞬身体を大きく強張らせたけれど、美樹の顔を見た途端、その驚いた顔を一気に戦闘態勢にさせて、鋭い視線を投げかけてきたのである。
玄関で見たケバいパンプス。キツイ香水。
そこからイメージしていた女の風貌は、目の前の女とドンピシャで、我ながらなかなか鋭いなと感心すると、思わず笑いがこみ上げてくる。
全く、よりにもよってこんなのが……。
美樹の口元がニヤニヤ緩んでいたのを訝しげに睨みつけていた女は、それが自分を笑っているものだと理解すると、一層鋭い眼光になり、チッと舌打ちを一つしてから、見ていたテレビをプツリと消した。