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今週の土日、すなわち今日から明日にかけて、美樹は友達の結婚式に出席するから田舎に帰ると幸太に告げていた。
もちろんそれは嘘である。
幸太の態度に不自然な所がない以上、現場を抑えないと話にならないと睨んだ美樹は、あえて幸太を泳がす手段を取ったのだ。
泊まりがけで美樹がいないとなれば、幸太は必ずなんらかの動きを見せるだろう、と。
皮肉にも、長い付き合いのおかげで、美樹の読みは見事に当たってしまったのだ。
幸太が土曜日出勤で、浮気現場に乗り込むことが出来なかったのは誤算だったが、浮気相手とこうして腹を割って話ができたのは思わぬ収穫だったのかもしれない。
もし、こうして話をしていなければ、きっと美樹は逆上して女の方ばかりを責めていただろうから。
「一番悪いのは、幸太よね」
美樹の言葉に、女は目を丸くした。
そんな女を見ながら、美樹はクス、と笑う。
不思議と、女に対する負の感情は、最初に抱いたそれよりも大分薄れていた。
もちろん、幸太とずっと関係を持っていたこの女もムカつく事には変わらない。
でも、幸太を想うあの涙を見てからは、怒りの矛先は幸太に変わっていた。
ーー幸太さえ自分をしっかりコントロール出来ていれば、傷つく人はいなかった。
美樹が笑いかけて、しばし呆気に取られていた女だったが、やがて彼女もふと表情を和らげると、そのうちにどちらからともなくクスクス笑い始めた。
二人の笑い声は、まるで旧知の仲のような、屈託のないもので、殺風景な幸太の部屋に色みを与えたような、明るいものだった。
しかし、その笑い声の中で、美樹の目尻にはキラリと光るものがあったのである。
それは、確かに幸太を愛していた、それ故の涙に他ならなかった。