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「……もう、幸太とは会わないから」
天井を仰いでいた女は、その涙を手の甲で拭ってから、美樹の方を向いた。
さっきの睨みつけてきた形相とは打って変わって、憑き物が取れたような穏やかな笑み。
すっぴんだったのも相まって、小さな丸い瞳が子犬のようで、この女は笑うと意外と可愛いんだと美樹は思った。
「最初は二番手でも、日陰の女でもいいって思ってた。好きになったのはアタシの方からだったし、身体だけでも繋がってられたら幸せなはずって思ってたんだ。でも、アタシ思ってたよりも欲張りだったみたい。身体が手に入ると、今度は心が欲しくなって、愛して欲しくなって。でも、幸太はいつでもアンタが大事で、そのたびに惨めになって……」
「…………」
「だから、アンタと幸太の関係を壊そうって、それで少し前から幸太の部屋に、バレないように少しずつアタシがいた形跡を残してたの。女なら絶対ピンと来るようなヤツを」
女の言葉に、思い当たるフシはあった。
幸太の部屋に置いてある美樹の化粧品の蓋がいつもより固く締められていた。
クローゼットにしまってある、美樹のパジャマに自分のじゃない髪の毛がついていた。
お風呂場においてあるメイク落としの減りが早くなっていた。
すべてはちょっとした違和感から、美樹は疑いを持ったのだ。
「まさか幸太が、とは思ってたんだけどね」
思ったよりも落ち着いた声を出せた自分に、美樹は密かに驚いていた。
信じたくなかったけど、心のどこかでは覚悟をしていたのかもしれない。
女の潤んだ瞳と、自分の視線がぶつかると、美樹はフフッと小さく笑った。
「あんたの残した証拠で、やっぱり幸太を疑ってたんだよね。だから、カマかけるつもりで今日ここに来たんだ、あたし」
幸太の知らない所で、美樹と女は顔も知らない戦いを始めていたのである。