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ーーガチャリ。
鍵がかかってないことはわかっていた。
自ら浮気相手の望美に自分のアパートの鍵を渡していたからだ。
今日と明日は、恋人の美樹は実家に帰省することになっている。
だからこそ慎重派の幸太が大胆な行動に出られたのだ。
ここに来るまで、駆け足で戻ってきた。
土曜日出勤だったけど、なんとか仕事を早く済ませ、少しでも望美と一緒にいようと駆け足で戻るつもりだった。
あるメールを受け取るまでは。
それは、恋人の美樹からのメール。
『浮気するような人にはついていけません、サヨナラ』
絵文字も何もない、無機質なその文面を見た瞬間の、全身が崩れ落ちていくような感覚は、幸太が未だかつて味わったことのないものだった。
「血の気が引く」という感覚はこういうことだったのか、と足をもつれさせながらも幸太は帰路に着いた。
「美樹っ!!」
玄関のドアを勢いよく開き、革靴も放り投げるように脱ぎ捨て、部屋に入る。
しかし、そこで待っていたのは静寂だけであった。
おそらく望美がいたのだろう、エアコンで暖められた空気がわずかに残るこの部屋で、幸太の弾んだ息遣いだけが、やけに響き渡っていた。
ーーやはり美樹はここに来たのか。
一見して、何も変わらない部屋。
だけど幸太が美樹の存在を確信したのは、テーブルの上に置かれていた、シェリーメイのキーホルダーがついた鍵がポツンと置かれていたからであった。