季春。-6
「何するんだ優梨ちゃん。僕はこれから特製のブレンドをゆっきーに…」
「じゃあ私がせっかく入れたのはどうなるんですか?」
せっかく、のところに力を込めて言うと、先生はびくり、として立ち止まった。
「まさか冷ましたりしませんよね?少しならともかく、先輩の分を入れ終わった後だったらおいしさは半減ですよ?」
「で、でも優梨ちゃんだって同じじゃん。自分のが…」
「私はいいんですっ、自分で入れたんですから」
「……あのー、二人とも落ち着いて」
見兼ねた先輩が止めに入った。
「こうしてる時間が一番もったいないですよ?…それに僕、もうコーヒー貰いましたし」
「はい?」
驚いて机の上を見ると、飲みかけのコーヒーカップが二つ。
私はさっきから一口も自分のカップには口をつけていないはずだ。
「…先輩、もしかしてこっち飲みました……?」
恐る恐る尋ねてみると。
「え。うん。飲んだけど」
「―――――――っ!!」
言葉を失くした私に、なんかまずかったかな、と首を傾げる先輩。
「あーもう。先輩、マグの柄見て下さいよ。それ、優梨のじゃないですか」
「あ、ホントだ…」
「…うわぁ、ややこしいのが来たよ……」
私のノートを写し終えたふーこが、首を鳴らしながら立ち上がると、そのままこちらに来た。
「しかも、これ二杯目だから、間接キッスですよ」
「わざわざ言わないでっ!」
しかも普段は使わないくせに、『キッス』なんて言うし。
けれどふーこの発言より、次の先輩の言葉の方が衝撃度は高かった。
「あ、そうだったんだ。……でも別に気にしないよ?だって優梨ちゃんのだし」
「………………」
「………………」
「………………」
例えば。知ってる人だから気にならないとか。そういう事には頓着しない人だとか。そうやって、いろんな可能性を頭の中で考えて冷静になろうとした。
けど、それは所詮無理な話で。
「えぇと。ゆっきー、その言葉の意味は……」
「意味……?」
「じゃなくて…、なんで、うーん……」
「別に意味はないですよ。たまたま手付かずだったから飲んだだけで。それに優梨ちゃんの事、嫌いじゃないですし」
「あっ、嫌いじゃないね…」
「むしろ好きですから」
その場の緊張が少し緩んだ、その瞬間を狙いすましたかのように、先輩はさらりと言い放った。
第二研究室のある経済・法学研究棟に、ふーこの叫び声が響いたとか響かなかったとか。