女の子の帰り道に待ってたもの-1
体操服にランドセル背負って、みつ絵は午後のまぶしい日ざしを浴びながら、ひとり家に向かっていた。
(あれ……)
みつ絵は誰もいない住宅街の細い路地で足をとめた。そして首をゆっくり左右に振りながら、鼻をクンクン鳴らした。
(タバコだ…… すっごく濃いタバコのにおいがする。)
それは通りすがりに出会う、歩きタバコの煙のにおいではなかった。灰皿からたちのぼる、固定されたタバコの煙のにおいだった。
しかしそのあたりに、灰皿もタバコを持つひとの姿もない。みつ絵はゆっくり歩みをすすめるうちに、一戸建てを囲む低い石垣に目をとめた。
石垣の石に一本のタバコが横たわっていた。それは まだ火をつけられて間がない長さだった。みつ絵はあたりに人影がないことを瞬時に確かめると、そのタバコを指に はさんでブロック塀の奥に駆けこんでいった。
(すごいわ…… 今、わたしタバコ持ってる。火のついたタバコ持ってる……)
みつ絵はタバコを観察した。みつ絵が手にとった時から少し経ったためか、先っちょの灰が少し伸びている。そして茶色の紙が巻かれた吸い口の部分は、白い「切り口」を見せていた。
(これって、まだ吸ってないって事よね。なんで吸わないうちに捨てちゃったんだろ……)
みつ絵は小さなころから、タバコにひかれていた。
煙があがるタバコが目につくと、理由もなく視線が離せなくなるのだ。
自分の身近にタバコを吸うひとがいないため、「本物」は遠い存在だった。みつ絵は時々、鉛筆にメモ用紙を巻きつけて作った お手製のタバコを指にはさんで「タバコごっこ」をして遊んだ。
(本物を、手にしてみたいな…… )
それは誰にも言えない、みつ絵の危険な憧れだった。
(捨ててあったものだもん。わたしのものにしてもいいよね。それに、火がついてたんだもん。ひと口、吸ってみてもいいよね。)
みつ絵は、タバコを口もとに寄せた。
「ねえ、ちょっとキミ。」
みつ絵の後ろから声がした。ふり向くと髪の短いジャージ姿の「お兄さん」が立っていた。
「それ、何してるの?」
みつ絵は驚いた。煙のたちのぼるタバコを手放して逃げることなど思いつかないほど、身体が固まってしまった。