耳元の誘惑-7
広々としたグラウンドには、いつの間にか芦屋と二人だけになっていた。
他の部員は早々に自分の片付けを終わらせていて、仲間と楽しげに雑談しながら部室に向かう後ろ姿がチラリと見える。
芦屋に捕まってしまった時点で、ケチがついたような気がした飛坂だったが、意外にも芦屋は表情を柔らかくして、
「飛坂、お前これから時間は少し作れないか?」
と優しく肩を叩いてきた。
「え?」
「いや、ここ最近のお前が本当に元気がないから俺は心配してるんだよ。お前は、いつも一生懸命練習に取り組んでるし、明るく前向きだから、余計に気になってな」
「オ、オレは別に……」
まさか、友美とのセックスのことばかり考えているとは言えない飛坂は、後ろめたさから目を外らす。
芦屋はそんな彼の胸の内を見透かしたようにクスリと笑うと、
「とにかく、着替え終わったら体育教官室に寄ってけ。保体の成績のことでも少し話をしなきゃいけないと思っていたから」
と、飛坂の肩を叩いた。
「…………」
「何、お説教とかそんなんじゃないから、警戒するな。個人的に元気付けてやりたいだけなんだ。俺だって人間だ、普段一生懸命に頑張る奴には目をかけてやりたくもなる」
その言葉で、ようやく飛坂の強張っていた身体が空気が抜けたように緩んだ。
「じゃあ、着替えたら体育教官室に来い。茶くらいならご馳走してやれるから」
芦屋はポンと飛坂の頭を叩くと、ニッと小さく口角を上げた顔を見せてから、ゆっくりと歩き出した。
練習用のユニフォーム姿を目で追う飛坂。
怖くて、厳しくて、決して生徒に甘い顔を見せない芦屋。
そんな彼が、自分を心配してくれた。
飛坂はようやく嬉しいという感情が込み上げてきた。
明るいキャラだと自覚はあったけど、野球部の中ではそれも十把一絡げ。
でも、芦屋はこんな目立たない自分にも目を行き届かせて、心配までしてくれていたのだ。
今までずっと、芦屋のことを人間味のない冷血漢だと思っていた飛坂。
だが、芦屋の意外な一面を目の当たりにした飛坂は遠くなる芦屋の背中を見つめながら、嬉しさに口を緩ませていた。