初めてのクリスマス-1
桔梗のショーから一週間後、桔梗の引越しは昨日終えた、もっとも、桔梗の持ち物は段ボール箱二つだったのだが……。
後日、マンションの隣人から聞いた話によると、その箱を運んで来たのは黒いスーツの男二人、乗ってきた車は黒塗りのキャデラック……ひと目でその筋の男達とわかって怖かったそうだが、黒スーツの男たちと一緒に車から降りて来たのは白いワンピースとピンクのカーディガンに身を包んで、プーさんのぬいぐるみとCDラジカセを大事そうに抱えた小柄な少女。
もしや誘拐? とも思ったが、少女に脅えている様子もないし、男たちは少女の前を歩いてダンボールを抱えているのだ、逃げようと思えばどうにでも……犯罪の匂いはしない、どうなっているのかと玄関をちょっとだけ開けて覗いていると男たちは少女との別れを惜しんでいる様子、少女の「ありがとうございました」と言う言葉に強面のお兄さんたちが「元気でな」、「風邪引くなよ」などと言いつつ涙ぐんでいる様にはちょっと可笑しくなってしまったそうだ。
別れを惜しんだのは事務所に残っていた水野も同じ。
一緒に選んだ白いワンピースと別れに際して水野がプレゼントしたピンクのカーディガンを着た桔梗がきちんと三つ指を付いて挨拶した時、水野は後ろを向いたまま「ああ」とだけ言い、振り向かなかったそうだ。
そして今日はクリスマス、丁度日曜日と重なったこともあってデパートは大賑わいだ。
その中に大沢と里子、そして桔梗の姿もある。
「それっぽっちでいいの? スポンサーがついてるんだからもっとおねだりしちゃいなさいよ」
里子が笑顔で桔梗をけしかける。
「でももうこれで充分です」
「です、は要らないわよ、もう親子なんだから」
「はい……あ……うん……」
「そう、その調子……そうねぇ、これ以上買うと持って帰るのが大変かもね」
「ははは、確かにな……それにしても桔梗は慎ましやかだな、里子に好きなだけ洋服買ってやるなんて言ったらカードの限度額を超えそうだがな」
「ね? だからもっと高いの選んでも良かったのよ、大沢さんのカードはゴールドなんだから」
「でも、本当にこれで充分……」
「うん、まあ、確かに当面これで充分ね……大沢さん、娘にプレゼントありがとうございます」
「なんの、孫娘にプレゼントできるなんぞ想像もしてなかったからな、わしも気分が良いよ」
母、祖父……そのどちらにも桔梗にはこれまで縁がなかった、そしてクリスマスで賑わう街も……。
三人で街に繰り出すだけでも涙が出るほどに嬉しかったのだ。
だが、孫に縁がなかったのは大沢も同じ、そして娘に縁がなかったのは里子も同じ。
「じゃ、今度はあたし」
「当然だろうな、母親が娘にプレゼントしないなんて法はないからな、だがこれ以上抱えきれるのかね?」
「大丈夫ですよ、でも荷物は預けて行きましょう」
里子が二人を引っ張って行ったのは家具売り場。
「なるほどな、確かにベッドは必要だな」
「私、ベッドなんて……お布団でしか寝たことない……」
「そうは行かないわよ、桔梗の部屋、洋間なんだから」
「私の部屋?……」
「そうよ、今衣裳部屋みたいに使ってる洋間は桔梗の部屋にするの」
「だって、お洋服は?……」
「どうせあんなに要らないのよ、もう着てないのを処分すればクロゼットで充分、桔梗の部屋のクロゼットも入れてだけどね、桔梗には別に洋服箪笥を買ってあげる」
「自分の部屋……」
「今時当たり前じゃない、中学生の女の子が自分の部屋もないなんておかしいわよ」
「そんなの夢だと思ってた……」
「プレゼントのし甲斐があるわね、桔梗って」
「だって……」
「ほら、涙ぐんでないでベッドと洋服箪笥を選んで、あ、机もいるわよね……」