グッドモーニング-5
「皆さん、今日はありがとうございました。明日の告別式もよろしくお願いします」
ひとしきり飲み食べ終わる頃、百合子が腰を上げた。
「明日も早いから、皆さんゆっくり休んでくださいな」
そう言って、自らグラスなどを片付けた。
「義母さん、大丈夫よそのままで。葬儀屋さんの方で全部やってくれるから」
姉の真澄が、会場にいる葬儀社のスタッフに目配せをした。
「どうぞ、そのままで結構ですよ」
真澄の目線に気付いたスタッフが、足早にやってくる。
「そうですか、お手間掛けますねえ」
元来世話好きな百合子らしい行動だった。
「それよりも母さん、こっちに誰が泊まる?」
亡き父の紀夫の地元では、通夜の晩は、遺体の安置場所で夜通し線香の火が絶やされないよう、寝ずの番をする習わしがあった。
最近では、線香の火の長寿命化も進み、葬儀社での管理などもしっかりと行ってもらえるようになったため、以前ほど多くの家族が寝泊まりすることは少なくなったと言う。
しかし、倉田家では、昔ながらの風習に則って、何人かはここに泊まる方向で話をしていた。
「それだったら、家族みんなで泊まったら?」
克成が真澄に提案した。
「俺たちだけで実家に泊まっても構わないなら、最後ぐらいは一家で過ごしたらどうかと思って」
百合子、真澄、望未、美佳代、女ばかりの中、父紀夫が男一人で過ごしてきた倉田家も、家族だけで過ごせるのは今日が最後。
婿殿の気を利かせた一言だった。
「そうねぇ・・・・・・川の字になって寝るのも今日が最後になるものねぇ」
百合子は、婿殿の案に乗り気のようだ。
「肩を並べて寝るなんて、何年振りかしら」
長女の真澄も、賛成なようで、既にこの後のことを思い巡らせている。
「でも大丈夫?私たちがいなくて?」
克成が家事はほとんど出来ないことを知っている真澄が、心配顔で訴えた。
「だったら、晃彦兄さんにも泊まってもらったら?兄さんと一緒なら一晩ぐらい問題ないでしょ。菜緒も一緒に泊まればいいし」
楽天家の美佳代らしい発言だ。
「そうしてもらえるかしら?」
百合子が豊川の方を向いて言った。
「ね、望未もそれでいいでしょ」
続いて、望未にも同意を求めた。
「私は、それでかまわないわ。菜緒もそれでいい?」
「全然OKよ」
父親と久しぶりに一つ屋根の下で過ごせることがよほど嬉しいのか、菜緒が笑顔で答えた。
「じゃあ、お願いできるかしら」
豊川に向かっての一言は、確定事項であるとも言いたげだった。
無論、断る理由はない。
望未は望未で、納得はしているものの、どこか残念がっている雰囲気を察することも出来た。
今日も、豊川と一晩過ごすことを、心のどこかで思っていたのかもしれない。
現に、この後入った望未からのラインには、
『これからお父さんとの最後のひとときを過ごします』
『でも、ちょっと残念』
『今日も一緒にいたかったかな』
『それも、お父さんの願いだったんだろうな』
と、義父との名残惜しい時間を過ごすことを噛みしめている表現がありながら、一方復縁方向にある豊川と一緒にいられればとの思いも強く感じる内容だった。
父の死がもたらした離婚妻との邂逅。
出来ることならば、存命のうちに報告したかったことだが、こうなったことを天から見守ってくれていることだろう。
「ふぅ〜終わってみればあっという間だったわね」
疲れ切った様子で、百合子が自宅リビングの椅子に腰を掛けた。
「でも、いいお葬式だったんじゃない。あんなに多くの人たちが弔問に駆けつけてくれるなんて、思ってもいなかったわ。ビックリよ」
缶ビールの蓋を開けながら美佳代が言った。
「それだけお父さんがしっかりとした人生を歩んできたってことよ」
百合子は、自分のことのように誇らしげに言った。
「晃彦さんも色々とありがとう。本当に助かったわ。お父さんも喜んでいると思います。本当にありがとう」
百合子が深々と頭を下げた。
「いえ、自分こそ、この場にいさせてもらってありがたく思ってます。本来であれば、末席から手を合わせさせていただくだけでよかったのに」
などと、この数日起きた、倉田家の葬儀の狂騒曲のよもやま話を語り合った。
「ただいま〜」
飛行機の時間がギリギリなため、足早に北海道に戻る克成を駅まで送っていった真澄が帰って来た。
「真澄も帰ってきたことだし、これからのことを少し話しておきましょうか。結構、細々としたことがたくさんあるのよ」
「じゃあ、自分はこれで」
家族会議とあっては、もう豊川がいる必要はない。
「あら、まだいいじゃない。もう少しゆっくりしていけば?明日はお仕事?」
「いえ。明日までは休暇をもらってますので」
「だったらお夕飯も一緒に食べていきなさいな。望未もそれでいいでしょ」
百合子の問いに軽く頷いた望未だったが、その口元は少し緩んでいたように見えた。
翌日、倉田家の女性軍団に見送られ、豊川は帰路についた。
晴れたいい天気だった。
(おやじさん。これでいいかな!?おやじさんの思惑通り、復縁の道筋が見えてきたような気がしますよ。生きてるうちに結果が出せなかったけど、望んでいた方向になっていきそうな気がします)
心の中で、天に上った義父に報告した。
『遅ぇぞ』
そうどやされそうな気がした。けど、どやしている顔は恐らく満面の笑みなんだろうなと豊川は思った。
さて、望未との関係はこれからどうなることか、それはこの時点ではわからない。ただ、確実に動き始めているのは間違いない。
あの一晩が、望未の瞬間的気まぐれでないことを祈って、バスに乗り込んだ。
その晩遅く、望未からラインが入っているのに気づいた。
『また、会いたいな。すぐにでも』
【完】