第1話『世界の果てまでイッてきます』-4
最後の性犯罪者は、いかにも善良そうで、青い瞳が奥ゆかしげな女性だった。 ただし一見して消耗が激しい。 頬はこけて目は窪み、肌はカサカサに乾いている。 生気が乏しい口が僅かに開き、訥々とした言葉を紡ぐ。
『……マリアンナ・ジョフリー。 34歳……牝……。 身長……154センチ……体重52キロ……スリーサイズ……上から92……66……88……。 昨日……産まれたばかりの私の子供に……男の子です……口づけしてしまいました……。 不純な体験を……いたいけな子供に与えたこと……申し訳なく……思います……』
時折視線が宙を彷徨う。 カンニングペーパーを追う視線ではない。 おそらく思考が錯綜しているんだろう。
『許可されていないにも関わらず……性行為に……励んでしまったことをお詫び……します……。 恥知らずな……私に相応しい……恥を公開する場を与えてくださったことに……感謝します……。 どうか私の……恥ずかしい……マスターベーションを……最後までご覧ください……そして……どうかもう一度だけ……』
ここで初めてモニター越しに焦点がある。 女性は頬を引き攣らせながらモニターを正視し、
『息子に会わせてください……なんでもします……!』
力が籠った言葉と共に、深々と首を垂れたのだった。
暗転を経て画面が転換した先は、高層ビルの屋上だった。 辺りの景色から察するに、高さは軽く100メートルを超えている。 赤いコートを着た女性は、屋上のフェンスを越えた向こう側にいた。 その足許からは木製の細い板が5メートルばかり伸びていて、風で微かに揺れている。 女性はコートを脱ぎ捨てた。 赤いコートが風をはらんで飛んで行ったあとには、1人の経産婦がパンパン、いやカンカンに張った乳房を抱え立っている。 もちろん一糸まとわぬ全裸なのは言うまでもない。 そのまま1歩、また1歩、女性は板の先へ進む。 風が強いのか、それとも眼下に広がる世界に臆してか、脚は一目で分かるくらいに震えている。 バンジージャンプなら備わっているハズな安全ロープの類は何もない。 正真正銘裸一貫で、女性は板の先端に辿り着いた。 そのままクルリ、カメラに向き直ると、クチュッ……股間に手を伸ばす。 真っ青な顔で股間をくじる様子は、まるで股間にへばりついたヒルを剥がしているかのようで、とてもオナニーとは思えない。 そんな奇妙な自慰ではあったが、5分後、無事に女性の首輪が光り、女性はその場にしゃがみ込んだ。
肩で息をし、四つん這いになって少しずつ板をいざる女性の姿を映しながら、画面がフェードアウトする。 『地上333メートルで膝をつかずに絶頂すること』という指示メモと共に、『合格』のテロップが静かに流れた。 女性の張った乳房の中身は、ちゃんと新しい命の下に届けられることだろう。
番組最後は『デンジャラス・オナニー』といって、危険な場所でオナニーする様子を放映する。 今回の高層ビルのような、生命の危機が迫る場所を選んでオナニーに耽らせるわけだが、例えばひとたび噴火すれば忽ち付近全てが焦土と化す『キラウェア火山、火口直上』だったり、『崩落間近の岩石直下』もある。 銃弾が飛び交う『内戦現場』が指定されることもあれば地雷感知器を装備した上で『地雷原中央』で自慰に励むよう命じられるケースもある。 『安全ガードを外したスキー高速リフトが頂上につくまでに絶頂する』よう求められることもあれば、『レールの間に寝そべって電車が頭上を通る状況で絶頂する』よう指定されることもある。 気持ちが『身の危険』に及んでしまうと絶対に達することはできないため、如何に達観するかがカギになるという、最も過酷なオナニーだ。 ただしオナニーの絶頂率でいうと『デンジャラス・オナニー』の成功率は比較的高い。 中途半端な楽観を許さない指令メモであればこそ、一読した時点で絶対に絶頂する覚悟が固まり、それが高い絶頂成功率に繋がるのではないだろうか。
――今回は女性4人が対象になったが、もちろん番組には男性の性犯罪者が登場することもある。 最後に流れるテロップには、今回番組に取り上げられた犯罪者を含め、多数の性犯罪者の名前があり、半数以上は男性だ。 ただし実際に番組が取り上げる性犯罪者の内訳は、不自然に女性が多いことは否めまい。
ホランド市民のオマンコ地獄、まだまだ始まったばかりである。