未睡-1
高村が麻理亜を抱くのは、一日に一度か二度だ。
今週は十一度も在った。
自宅勤務の高村と、無職の麻理亜は、二十四時間の殆どを共有している。
狭いアパァトメントで、二人は常に寄り添っている。
麻理亜は、不眠症である。
昔から寝つきの悪い子供だったと諦めてはみても、やはり辛い。
今日こそ眠るのだと心に決めて、ベッドに入る。目を閉じる。
すると、何故か色んな事柄が浮かんできて、麻理亜の睡眠の邪魔をする。
例えばそれらは、日本史の教科書の内容であったり、母親の小言であったりという記憶の断片、或は、今地震が起きたらとか、もし犬を飼ったら等という想像等。
つまりは、睡眠にはまるで必要の無い無駄な事だ。
其れは、排除しても、しても、頭の中に蘇る。
そうして格闘するうち、何時の間にか夜が明ける。
今日も眠れなかったと苛立ちを覚えながら、気だるい一日を始めるのが、もはや麻理亜の日常に成っていた。
けれど、ここ数日、麻理亜は不眠に悩まされずに済んでいる。
其れは全て、高村の所業である。
高村との行為に於いて絶頂を迎えると、残り火の様な快楽の中で麻理亜は其のまま眠り込んでしまう。
其れはまるで、心地の良い午睡の様な物で或る。
少し休もうかと、体を横たえ、眼を閉じる。
すると、うっかり熟睡して仕舞い、目覚めた時にはすっかり時間が達て居た、其んな風にして、近頃の麻理亜は朝を迎えている。
其の事については、高村に感謝せずにはいられない。
高村と生活を共にし始めて数か月、毎晩、毎晩、高村は律儀に麻理亜を逝かせ、床に就かせる。
其れはしかし、只の就寝を目的にした義務に成り下がるわけでは無い。
眠る事は、付加価値に過ぎない。麻理亜が高村に抱かれるのは睡眠欲の為では無く、純粋な性欲の為なのだ。
高村は飽く事無く、次々に手法を変え、麻理亜を楽しませる。
「あぁ。高村さん。厭だわ。恥ずかしい。」
麻理亜は、息を洩らしながらあがいた。
今夜は、膝を立てた格好で股を大きく開き、椅子に座らされている。
後ろ手に体ごと縄で縛られ、不自然な形で盛り上がった乳房が、前の開けた白いブラウスからはっきり覗いた。下着は付けて居らず、ブラウスの他に麻理亜の肢体を隠す物は長い黒髪のみであった。
「麻理亜、厭か。好きだろう。」
高村は、紺色の安いナイロン傘の先で麻理亜の露に為った秘所を突いた。
「いいえ。いいえ高村さん。あぁ。だって。ほら、向かいのお爺ちゃんこちらに気付いて居るんじゃあないかしら。」
正面の窓は大きく開かれていて、麻理亜の視線の先には、向かいの寡婦の老人がテレビを見る姿が在った。
高村は構わず傘での愛撫を続けた。その眼は真っすぐに麻理亜を捕えている。
麻理亜は耐えきれず、眼を瞑り顔を落とした。
「はぁ。ぁっ。ぁあ」
流れる黒髪で表情は伺え無いが、確かに色濃い吐息が部屋に響き続けた。
高村は麻理亜に近付くと、その無防備な乳首を強く、吸った。
吸い上げながら、傘の先を短く持ち変え、麻理亜の秘所を激しく突いた。
麻理亜が一層高く声を上げた。
何度も出し入れするうち、傘の先は雨でも無いのに濡れ、灯りを反射してきらきらと輝いた。
「あぁ駄目です。駄目っ。逝きます。」
乳首を噛み扱き、一層激しく、麻理亜の奥を突き揺るがすと、麻理亜は首を後に反らし、一瞬小さく痙攣し、昇りつめた。
しばらく速い呼吸をして居た麻理亜は、其のまま、眠りこんで仕舞った。
高村は其れを見届けると、きつい縄を解き、丁寧にブラウスの釦を全て留め、麻理亜の体をそっと布団に横たえた。
こうして、今日も麻理亜の安眠は約束されたのである。
ところで、高村もまた不眠に悩まされている。
長年患った其れは、もはや薬無くしては眠れない程になっていた。
慣れた手つきで戸棚から錠剤を取り出す。一つ、二つ、三つ…、数錠を口に含み、水道水で流し込んだ。
一息付き、おもむろにスラックスと下着を下げた。
寝息を立てる麻理亜を背に床に腰を下ろし、自身の性器を握り、扱いた。
耳元には今し方の麻理亜の喘ぎが蘇り、目蓋には乱れる黒髪が浮かんだ。
速度を増した右腕は、まるで其れだけが別な生きものの様に硬い高村の其れを刺激する。
小さく嗚咽を洩らし、高村は達した。
気持ちの良い疲労感を感じながら、高村は布団に倒れ込んだ。
隣には、麻理亜の安らかな寝顔があった。
窓の向こう、既に老人の姿は無く、灯りも消えていた。
只、暗い闇だけが広がる中で、其のままにされた高村と麻理亜の部屋の照明だけが、二人を見守る様に、こうこうと照らしつけるばかりである。