〈兄と妹〉-8
『あれか？モデルだアイドルだってチヤホヤされてきたから他人に頭を下げるのが嫌だってのかあ？あ〜、そういやオマエのお姉ちゃんもクソ生意気な奴らしいなあ？その態度はお姉ちゃんから教わったのか？オマエの態度が改まらなきゃ、先ずはお姉ちゃんの性根から叩き直してやるかなあ？』
だんだんと似てきたのか、首謀者は長髪男顔負けで“つらつら”と罵声を浴びせて亜季を責めたてた。
丸い瞳はついに涙を溢し、唇を歪めて嗚咽を漏らす。だからといって、それで許される訳はないのだ。
「えっぐッ…ど…どうしたらいいか……ヒック！ヒック…ッ」
『はあ？お兄ちゃんを気持ち良くさせたいって“思い”が無えのかよ？「お兄ちゃんを気持ち良くさせたいから教えてください」だろうが？』
「お兄ちゃんッ…ヒグッ…気持ち良くさせ……ズズッ…痛あぁぁッ!!」
『この野郎！ちゃんと言えよクソメスがあッ!!カッパみてえなハゲ頭にしちまうぞ！』
「あぎぎぎッ!おッ…お兄ちゃんを気持ち良くさせたいからッ!お、教えてくださいぃッ!!」
またも首謀者は頭髪に掴み掛かり、亜季がきちんと台詞を言うまで振り回し続けた。
やがて悲鳴混じりの台詞が叫ばれると、長髪男の胸板に向かって乱暴に突き放した。
『何回俺を怒らせたら気が済むんだ？今度怒らせたら愛を拉致ってやるからな！オマエのお兄ちゃんが止めても、もう俺は言う事聞かねえぞぉ？』
それなりの“痛み”を亜季には与えてきた。
その痛みを、その幼い身体は覚えているだろう。
ならば、あとは精神的なものを使うしかない。
明確な答えを突きつけ、もう次は無いと思わせるしかない。
そして首謀者の謀(はかりごと)に従うしかなくなった亜季は諦めたように長髪男に寄り添い、教わったままに話し掛けた……。
「おッ…んう…お兄ちゃんを気持ち良くさせたいからッ…亜季に…ひふッ…教えてください…ッ」
多少は涙に詰まりはしたが、それでもしっかりと“思い”は伝えられた。
これならば叱る必要はないし、責める理由もない。
その証拠に長髪男は優しく引き寄せ、そっと亜季の泣き顔を胸元へと寄せた。
『良く言えたねえ？そうやって素直で可愛い女の子で居れば、なにも痛いコトも怖いコトもないんだから……痛かったよねえ、亜季ちゃん？』
優しい口調であっても、その言葉の羅列の意味は
『ずっとそうしてろ』
『従わなければ暴力を振るう』
のみである。
亜季には何の救いもない、長髪男の残酷さだけを秘めた自己満足の労りの言葉は、優しく触れる唇によってより増幅されるだろう。