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『壊れる』のその後
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『壊れる』のその後-1

自分のカラダは一番自分がよく知ってます。
精密検査後に医者にぶちまけた一言。
癌の告知を受け、もはや治る見込みもない。
当たり前は失って初めて気付く。
健康だって同じだ。
風邪をひいて健康だった有り難みを知る。
まだ、40代に差し掛かったばかり。
やりたいこともいっぱいある。
この現状をただ受け入れたくない。

おれは指揮者をやっている。
演奏中に倒れ、病院にかつぎこまれる。
死刑宣告。
死へのカウントダウンが始まっている。
生まれた時からはじまったカウントも終わりに近いと医者は言う。

死ぬ前にやりたいこと。
大切な息子におれの指揮を見せたい。
あと僅かの時間しかない。
入院で極度に落ちてしまったこの筋肉では十分な指揮はできない。
死期は近づいているというのに……
10月23日の定期演奏会まであと一ヵ月半。
余命もちょうどそんなもんだ。
病室で懸命に指揮を振る。
当日まで血を吐きながら、なりふり構わずに指揮の練習に励む。

抗癌剤のおかげで、痛みは一時的に消えていった。

そして
明日は演奏会。
今夜中にやらなくてはいけないことがある。

当日。
車椅子でホールへ行く。
控え室に息子と妻がやってきた。
おれは息子に封筒を渡してこう約束させた。
「おれの指揮がおわったら読んでくれ。
決して泣かないでくれ」
と。

壇上に立つ。
オーケストラが取り囲んでいく。
交響曲第17番がはじまる。
振る腕にはもう感覚がない。
タクトから指を離してしまいそうに何度もなった。
汗ばんだカラダで精一杯のリードをしていく。
最後の交響曲は心地よいリズムで終盤にさりかかる。
上がる限りに肩をあげて振り下ろす。

無事おわってくれた。
神様ありがとう。
割れんばかりの喝采が鳴りやまない。
安堵感と達成感を感じ、
静かに背もたれに寄り掛かり目を閉じる。
ありがとう。
そして
さよなら。

手紙を息子が開いたのは一年後だった。
つらい思いをさせてしまった。
息子が開いた封筒の中には一枚の手紙と写真が入っていた。

「いままでありがとう。
こんな力のない父ちゃんの息子として生まれてきてくれてありがとな。
できれば、一緒に酒が飲みたかった。
たくましく、やさしい男になってくれな。
母ちゃんをよろしく頼む。
困ったらいつでも相談してくれ。
父ちゃんはいつもおまえのそばにいるから。
笑顔でいてくれな。」

涙がこぼれ落ちた。
泣かせてごめんな。


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