前章(三)-9
「そう。此れを女陰の奥深くに 銜(くわ) え込んで、男の放出する子種を女門で受け取る事によって、子を宿すんだ。
本来、子を成すと言う神聖な行為の筈が、どうしようもない程の気持ち良さを伴うのは、きっと神様が、人間が此の世に増える事を、祝福してらっしゃると思うんだ」
「神様が祝福……ですか?」
夕子の上着ははだけ、露に為った両の乳房が僅かに揺れている。そんな身悶えしそうな情況だと云うのに、突如、突拍子も無い論拠を展開し出すとは──。夕子は呆気に取られたまま、次の言葉を待った。
「少なくとも、僕は、そう思っている。学者の見解だと、人間に通ずる者達が此の世に出現したのは今から数百万年前らしく、その時の数は、僅か数十人だったらしい。
それが今や、此の日本だけでも五千万人を超える人々が、暮らして居る。此の世界の歴史流と比較して、たった数百万年と言う短い間に、此れだけ数が増した上に、世界中の隅々に至るまで存在する生物なんて、人間以外に居ないそうなんだ。
そう考えた時、僕達、人間は、神様に祝福されてると思えて仕方がないのさ」
立て板に水の如く、熱を帯びた口調でまくし立てる伝一郎の姿は、夕子にとって初めて見る光景だった。
(そう言えば、あの時も……)
夕子の脳裡に浮かんだのは、先日のハンカチを貰った際の光景である──。実母の話をする伝一郎は、とても穏やかな口調で、何とも言えない柔和な笑顔を見せていた。
そして今は、熱い思いが伝わって来る程、口調が弾んでいる。此れも又、初めて見る伝一郎の、実に人間臭い姿である──。不意に夕子は心の中で、此の男の事を「もっと知りたい」と、する衝動に駆られた。
「不思議だろ?犬や猫の畜生でさえ、発情する時期は決まっていて、せいぜい、年に二、三回。ところが人間は、心の昂りと体調が許す限り、止む事が無い。見境無く情交が出来てしまう。此れこそ、僕等、人間に与えられた特権じゃないのかな?」
論拠を示し終えたところで、夕子は思わず「ふふっ」と、笑みを見せる。すると伝一郎は、直ぐに好奇の目を向けた。
「そんなに、可笑しい事かな?」
伝一郎の問い掛けに、夕子は、徐に言った。
「いえ。驚いてるんです。大創造期の六日目の事を、そんな風に解釈なされてるんだと思って」
──“人類誕生”の学術的裏付けと聖書、それに情交と云う、一見、何の結び付きも無い三つの真実を、“自身の捉え方”で関連付けて、論理的破綻の無い自説を導き出すなんて……。
女学校時代、其なりに才女だった夕子は、伝一郎の見せた知性の素晴らしさに感嘆しきりである。が、逆に伝一郎の方こそ、初めて見る夕子の才女ぶりに驚いていた。
「まさか、君の口から“大創造期”なんて言葉が聞けるとは、夢想だにしなかった!」
「失礼ですね!私、此れでも女学校時代の成績表は、一部を除いて全て甲だったんですよ」
「そいつは凄い。精華女子高等学校に行けたと、豪語する訳だ……因みに、甲で無かった科目は、何だったんだい?」
此処まで聞いた途端、先程迄の威勢の良さは何処へやら。夕子は顔を赤くして俯いてしまった。