前章(三)-7
(いけない……私ったら)
下女の私が主の御子息の上に乗ってるなんて、何て粗相を!──。夕子は狼狽えてしまい、早く退かねばと両足を踏ん張ろうとする。が、それよりも一寸速く、強い力が彼女の背中を抱き締めた。
「随分……大胆な起こし方だね。僕の上で手淫に耽るなんて」
伝一郎は、かっと眼を見開くと、口の端を上げて含み笑いを見せた。夕子の背中に、冷たい物が走る。
「い、何時から……起きてたんです?」
「ベッドに上がって来た時かな」
「な、何で寝た振りなんか?」
「君が、何をするのか確かめたくてさ。そしたら、接吻だけで無く、手淫迄やり出すんだもの。つい、目を開ける機会を逸してしまったよ」
そう答えて伝一郎は、夕子の顔を窺い見る。自分の“淫猥な部分”が、他人に露見した事により、夕子は顔から火が出る位、恥ずかしくて堪らない。伝一郎の胸に顔を埋め、視線を合わせようとしなかった。
そんな偽りの無い反応が、伝一郎には愛らしく感じられた。
「夕子……」
「あっ!」
伝一郎の右手が頓に伸びて、夕子の首筋を指先で確める。後れ毛の辺りがしっとりと汗ばんでいた。
ゆっくり首筋を撫で上げてから耳朶を軽く摘まみ、内側の耳紋(じもん)に沿って指を這わせて行く。その間、夕子は伝一郎の胸に顔を埋めた体勢のまま、じっとしたまま動かない──。ずっと、こうされたい想いだった。
伝一郎は、夕子の身体を弄びながら、耳許で囁いた。
「夕子の身体。……いやらしくて良い匂いがする」
「そん、そんな事……」
先程迄の手淫で、身体は少々、汗ばんでおり、況してやズロースの中は、女陰から滴り落ちた蜜で濡れている。夕子の中で、この上無い羞恥心が込み上げ、頭の天辺迄、血が昇って行くのを感じた。
「予想を超えて、どんどん、いやらしい女に変貌する。……最初に逢った時の純粋で聡明な少女の姿は、もう望むべくも無いみたいだ」
嫌味を含ませた口ぶりも、今の夕子にとっては、心地良い調の様に聞こえ、寧ろ、耳許で囁く声音が、再び、情欲をそそる呼び水と為る。
右手が耳朶から首筋へ、そして上着の襟を指でなぞり乍ら、ゆっくり下へと降りて行く。襟の合わせ目に辿り着き、中へ滑り込ませると、遂に、膨らみ掛けの乳房に触れた。
先日迄は、触れる事さえ拒絶していたのが、今は拒む素振りも無い。瞳を軽く閉じて、此れから行われるであろう“新たなる儀式”を受け入れようと、既に肚を括った様に見える。
対して伝一郎は、初めて年若い娘子の乳房に触れ、その感触に、些か、驚いていた。しっとりとした質感は言うに及ばず、その張りの心地良さ足るや、比肩しうる物が見当たらない位だからだ。
(誰もが、年若い女房を欲しがる訳だ)
──菊代や貴子の様に熟した果実は、甘くて食感も柔らかい。が、既に出来上がった味であって、誰もが好むとは限らない。時として、未熟で青臭い味だからこそ“自分好み”に仕立てる愉みが有るだろうし、それは堪らない“道楽”に違いない。
大店の旦那衆が、こぞって芸子を見受けし、妾として囲いたがるのも頷けると言うものだ。