プロローグ-2
「きっと縁がねえんだろうな、あの人には。しかしまあ……」
そこまで言って川井は手綱を引いて馬を転回させた。「まさか先越されちまうとはな。初騎乗で初制覇か……マジで勝っちまうもんなんだな」
普段から後輩連中に気さくに声をかけてくれ、騎乗法やトレーニング、果ては税対策のことまで相談に乗る川井なのに、漏らした最後の言葉には多分に妬みが染みていた。背を向ける直前の口元は笑っていたが、ゴーグル下でどんな目をしていたか知れない。
他馬は皆、ダートコースを横切って、地下道へと消えていった。違う帰り道を許されるのは一頭だけだ。テレビで何度も見た光景は、実際に体験してみると、人間のあらゆる感情がない交ぜになった、恐ろしいほどに混沌の世界だった。訳のわからない力に衝かれるままに鐙を踏んで立ち上がり、スタンドに向かって握り拳を突き上げると、もう一度雪崩が起こりそうなほどの、浴びるだに心地よい絶叫が巻き起こった。