3-10
「そ、曽根……」
俺の声が届いたのか、ようやく身体を起こした前田は、涙と鼻水でグジャグジャになった顔をこちらに向けた。
気の毒なくらい取り乱した前田があまりに哀れに見えて、奴の肩にポンと手を置いた俺は、黙って頷いてみせた。
お前は悪くない。そんな意味を込めて。
すると、前田はヒックヒックとしゃくり上げながら、やっと俺の顔を真正面から見つめてきた。
「曽根、ホントにオレは悪くないんだよな」
「大丈夫だよ、お前が彼女と一晩だけ関係を持って、その後付きまとわれてキッパリ断ったのは、よくある話。彼女が人を殺したのは、お前となんの関係もない」
そりゃ前田のした行動や彼女に対して吐いた言葉は、あまり人に威張って言えるものではない。
だけど、それこそよくある話であって、それがいちいち殺人の動機になっていたら、この世からナンパって行為が無くなっているはずだ。
ハラハラと涙を流しっぱなしの前田は、ようやく少しだけ微笑み、それを見た俺もまた、安堵のため息を吐く。
「じゃあ、オレはアイツとは何の関係もないよな?」
「ああ、大丈夫。だから、とりあえず飯でも食いに行こう。ホラ、午後からの講義は出席取るだろ」
とにかく前田の気持ちを和らげるため、なるべく平常心を装う俺。
そりゃあ、俺だってショックだけど、今は結衣さんとセックスしなくてよかった気持ちの方が圧倒的に大きい。
一瞬で俺の恋心も吹っ飛んでしまうほどの衝撃的なニュースに、ようやく目が覚めたのだ。
正気に戻った今、俺は前田の精神的フォローに徹しなくてはならないだろう。