コンピューターの女-19
19.
プリンセス・ハイウエイから、シドニーに入ったのは、午後二時を回っていた。チャイナタウンで、飲茶のレストランに飛び込んだ。
「とうとう帰って来てしまったわね」
席に着くと、藤子はため息のようにつぶやいた。
「啓介さん、本当にありがとう。恩に着るわ。こんな素晴らしい思いをするなんて、思っても見なかった。いつまでも、ここに居たい」
「そのことだけど、よかったらずっと僕のそばにいてくれないかな?」
「私もそうしたいんだけれど、今は出来ないのよ。実はお店をやっていて、年取った両親も居て、東京を離れるわけには行かないの」
藤子の話では、浅草で親譲りの老舗のうなぎ料理屋をやっていて、忙しい店の気分転換にネットをやっていたんだという。
「啓介さん、東京に帰るつもりはないの?」
「そうさな、シドニーは気に入っているんで、離れるつもりは無いけれど、先のことは状況次第というところかなあ」
「だったら、考えてくださいな。とりあえずは来たいときには何時でも来てくださればいいし、遠距離交際なんてロマンチックでいいんじゃない?」
「うん、何れにしても、次は僕が東京へ出て行くよ」
「約束げんまん、嘘ついたら針千本飲―ます」
藤子は、テーブルの下の啓介の手を探って指を絡めた。
飲茶がすむと、ハーバークルーズでシドニー湾に別れを告げ、空港ロビーに着いたのは七時少し前になっていた。
「それでは、お名残惜しいのですけれど、これで失礼します」
「今度は、東京で会いましょう」
藤子は、カートを引いて、入国審査のゲートに向かった。
振り向くと、啓介がてを振っている。
藤子はおどけて投げキッスを返したが、胸からこみ上げる涙で通路が曇った。