第一章 脅迫されたＯＬ-1
第一章 脅迫されたＯＬ
汐里は腕組みをして正面を睨み返していた。その勝気な性格を表す吊り眉を寄せ、更に角度をつけて心の底からの嫌悪を相手に伝えていた。
なのに目の前の男は全く怯むことなく、醜貌をニヤケさせ続けている。
「どうしたんだい？ 言うとおりにしてくれないの？」
湿った男の声を聞いて、ブラウスの中の背肌に悪寒が走った。スタイルの良さは自負している。その全身へ、ネットリとした視線が容赦なく浴びせられてきた。
身を背けたかった。
しかし視線の攻撃を躱そうとすれば、まるで自分がこんな矮男へ怖れを抱いているように思え、あまりにも癪で、許しがたかった。
（こんなヤツのために……）
とはいえ、いつまでも睨み続けていてもラチがあかない。仕方なく、汐里は舌打ちをして腕を崩すと、肘にかかっていたバッグを床へ打ち捨てた。
男の部屋は、いつから残っているのか分からない飲み残しのペットボトル、コンビニの弁当ガラや脱いだままの衣類、――そして、何に使ったか考えたくもない凝ごったティッシュが散乱していた。無造作にブランドバッグを投げ置いたと見せて、なるべくフローリングの板目が現れている場所を選んだのだが、そことて埃や体毛が薄っすらと堆積している。
そんな不浄の場所に居ることに、もう一度舌打ちをした。
敢えて男に悪辣な態度を見せることで自らを鼓舞していた。そうしなければ、肩幅に開いていた脚を揃え、身を屈め、ペンシルスカートの裾を両手で掴むことなどできなかった。
たいしたことではない。
そう繰り返し自分に言い聞かせた。男を蔑み、自己暗示をかけることで、素っ気なくやり遂げられると思っていた。
ほんの一センチ程度引き上げただけで――男の邪淫の視線が一気に強まった。その視矢は心の隙にまで射し込み、思わず引き上げる手が止まってしまった。
しまった、と思ったが遅かった。一度躊躇してしまうと、改めて引き上げ始めるには、より大きな羞恥に打ち克たなければならなくなった。
「もったいぶるなよぉ？ どうせいつでも見せちゃってもいい、エロッちいの履いてんでしょ？」
「……はぁ？ 何言ってんの。調子に乗んないでくれる？」
苛立ち声で汐里が言い返しても、男はニヤッと唇の端を歪め、
「ほら、いちいち怒ってないでさぁ、とっととパンティ見せてよぉ。そのカラダに履いてるさぁ、今日一日お仕事して、ムッレムレになったト、コ、ロ。早く俺に見せてよぉ」
さっさと捲り上げてしまえば、こんな気色悪い侮辱を受けることもなかった。悔恨を押し隠し、汐里は上体を屈めたまま顔だけ上げて男を見返すと、
「なんなの、オッサン。今日はよく喋んじゃん」
どうしても言い返さなければ気が済まなかった。しかし男は汐里の軽侮にも全くこたえた様子はなく、
「そんなことはどうでもいいから。ほら、早くしてって。パンモロしてくれなきゃ……」
そう言って手の中に持っていたスマホの画面を汐里に見せた。
小さな画面に何が映っているのか。汐里の距離からは詳さには見えなかったが予想がついた。
汐里は顔を伏せることで左右から頬に垂れる髪の中に隠れて下唇を噛んだ。震える指先に力を込め、スカートを引き上げていく。
自慢のボディラインを強調するために選んでいる膝上のスカート。スレンダーな汐里ではあったが、さすがにフォルムがシャープすぎて、脚を揃えても横皺を刻んでミッチリと張ってしまい、太もも半ばで固く滞った。
「ほらほら、はー、や、く。バラまかれたいの？」
「っさいっ」
口ごたえをすることで羞しさを紛らわせて、力を入れて引き上げた。背後ではスカートがスルンと丸みを撫で上げ、Ｔバックのヒップが外気に触れた。
ということは、前は……。
間髪入れず男の視線が、汐里が敢えて目を向けないでいる場所、見事な曲線を描く下肢へと集中してきた。その強烈な視線は、透過度の高いストッキングはもちろん、ショーツまでも貫いてきて、中に護られているはずの秘肌をゾワゾワと這い回ってくる。
「ピンク、か。黒とかイヤラしいのを履いてるのかなって思ってたんだけど、案外カワイイの履いてたんだね。でも、ビッチの広瀬さんだと、カワイイってよりもスケベな感じがして、よーくお似合いだよ？」
選んだ男にしか許してこなかった場所を晒す屈辱に、内ももを擦り合わせて少しでも隠そうとしていたのに、男は追い打ちをかけるように揶揄してくる。
――何故こんなことになってしまったのか、汐里自身よく分かっていた。
無料体験チケットで行った高級エステ。施術を受けた肌は明らかに張りもきめ細やかさも違った。何より、翌日のベッドの中で彼氏が感動し、絶賛してくれた。いつも以上の寵を込められ、恭しく扱われ、快楽と優越感が混ざり甘く溶けそうなセックスは、これまでになく心地良かった。