第一章 脅迫されたOL-2
まだ肌の劣化を心配する歳ではない。
しかし帰りがけに、「肌が緩み始めちゃってからでは、ほんと、遅いんですよね」、とエスティシャンが言ったのが頭から離れず、気がつけば次の予約を入れてしまっていた。
同年代に比べれば悪くない給料をもらっているが、こんなエステへ定期的に通えるのは、それ以上の収入のある一握りのセレブだけだった。当然のことながら、分を越えた出費は忽ち汐里を金銭的苦境に立たせた。
そんな時ネットで知ったアルバイトがあった。
会社は副業を禁止している。そうでなくても、平気で人に言えるような仕事内容ではない。
しかしこのバイトをやっている主婦や女子大生、そして自分と同じ身分であるOLが書いたブログを読んでいるうち、会社にも知り合いにもバレずにできるんだ、という根拠のない安心感を植え付けられてしまった。風俗やキャバクラのように直接接客をするわけではない。だから身バレする可能性はかなり低そうだ。
調べれば調べるほど汐里の決心は固まっていって、リスクは小さいだけで無いわけでは無い、ということには全く考えが及ばなくなっていた。
実際やってみると、想像の通り容易い仕事だった。時給制だから、やればやるほど金が貰える上、成果に合わせて「オプションインセンティブ」と名付けられた手当が上乗せされる。エステの入会金、施術費用に使ってしまったカード返済分くらいはすぐに稼げた。
そうなってくると、だんだん欲が出てきた。平日昼間は働いているから、副業ができる時間は限られている。となれば、オプションインセンティブの部分で稼ぎをアップするしかない。
やめておけばよかった……。
下衆な男の前で、下着に包まれた女の膨らみを晒して立っていると、ひしひしとそう思う。
だがもう遅かった。
男が小鼻を膨らませながら近づいてくる。
「な、なに……?」
裾を握ったまま後ずさりしようとすると、
「じ、じっとしてっ」
昂奮に衝き動かされた口調に変わった男に制された。その顔からは心的余裕からくる嘲りは消え、代わりに滾るような淫情が滲んでいた。
足元にしゃがんだ男を見下ろすと、でっぷりとした醜い体躯が強調される。いや、どんな男であるかも関係ない。こんなにも間近で、しかも自らが晒したスカートの中をローアングルで覗かれた経験などなかった。見目も人柄も底辺な男を前に下肢を晒してじっと立っている屈辱が、汐里の胸を刺痛で苦しめた。
できることならスカートをすぐに引き下ろし、回れ右をして逃げ出したい。
「こ、こうやって近くで見ると、す、すっごくエッチなアソコだ」
身の毛もよだつ感想を漏らした拍子に、鼻息が太ももにかかり、喉の奥から呻きが出そうになった。風量が強まる。男が顔を近づけてきている……。
「な、舐めるよぉ……」
いちいち言わなくてもよいのに、いよいよ柔丘の頂点まであと数ミリというところで、嘆息混じりに呟くと、「おむっ……!」
生唾を呑み込んでから、鼻先を頂点に押し当て、流麗なショーツの膨らみにヌメった唇がビッタリ密着してきた。
「はんっ……」
瞬間、喉奥から悔しげな高い声が漏れてしまった。
「んっ、ふ……、ふふっ、かっわいらしい声。……ひ、広瀬さんでも、そんな声、出しちゃうんだねぇ?」
唇ではみ、吸い付く合間に言われる。何とも癪で耐え難いから声を絞ろうとするのだが、だらしなく緩められた唇が再度丸みにしゃぶり付いてくると、染みこんでくるヨダレの感触のあまりの悍ましさに、またも高い呻きが出てしまった。恥辱に両脚が震え、男が顔を押し付けてくる勢いに細かく足踏みをする。
汐里の腰骨を両側から捧げ持つように顔を奮いつかせていた男が、やおら手の位置を変えた。
鼠径で握り拳を作っていた。――その手には、汐里のしなやかな下肢を包んでいるパンストが握られていた。
「……! ちょ、ま、まっ……やめてっ!」
意図に気づいた汐里が声を上げた時にはもう、薄布は音を立てて大きく左右に引き裂かれていた。
人の流れに従って階段へ向かったが、朝のラッシュで降りる人間も乗る人間もホームに犇めいていた。外へ向かう人の流れに乗るも、途中何度もふんづまり、ずいぶんと時間を要して漸く階段へと辿り着いた。
目線を足元へ向けて昇っていると、すぐ前を歩く女のふくらはぎが見えた。パンパンの大きな尻から伸びた太い脚の先に細高いヒール。こんな靴を履いてよく歩けるなぁ、と保彦は踏み出される度に体の重みを支えている、軋むかのような足首を眺めて昇った。
コの字を巡ると改札が見えてくる。そこで保彦は漸く異変に気づいた。
思っていた景色と違った。出口を間違えたのかと思ったが、そもそも根本的に何かが違った。
落ち着くために立ち止まりたかったが、改札で列が一旦狭まるから、人の流れがそれぞれのゲートに向かって集中し始めていて、背後から切迫してくる人波のせいでできなかった。
ともあれスマホを改札にかざそうとポケットを探ったが、いつも入れている場所には無かった。焦ってジャケットのポケットを探し回るとパスケースが出てくる。