水晶玉の告白-6
わたしは男に射精を赦さない。溜めこんだ精液をたらたらと垂れ流し、快楽が尽き果てた瞬間、
男は私を必要としなくなる。わたしは男に優しげで冷酷な言葉を囁く。醜いペニスだわ…起た
せただけでこんなものを女が欲しがると思っているのかしら…目ざわりだから小さくするのよ。
男は戸惑ったような表情を見せ、ペニスを萎えさせようとする。わたしの命令で欲情を萎縮さ
せようとする瞬間の男の苦悶の顔は可愛いと思うことさえある。
わたしは男のペニスに透明の樹脂で模られた貞操帯を嵌め、鍵をかけた。貞操帯のシリンダー
にぴったりと覆われたペニスはガラスケースに入れられた美しい小鼠の屍に似ている。わたし
はあなたのペニスなんて興味がないし、あなたにとっても必要ないものだわ。そう言った瞬間、
男は嬉しそうに唇を噛みしめる。去勢願望のある男は心と肉体に潜む、わたしに対するほんと
うの被虐の煌めきを知っている。煌めきはわたしが与える苦痛だけによってもたらされ、苦痛
こそが彼にとって薔薇色の性の悦びとなり憧れの空となる。
男はわたしが振り下ろす鞭に肌を震わせ、ペニスバンドの先端で穿たれた尻穴を喘がせ、聖水
で渇いた咽喉を潤す。彼はペニスを使って女と性を交わす以上にわたしに対して性愛を感じて
いる。わたしが与える苦痛は彼の中に性愛のもつ快楽という意味を色濃く、とても華やかに
刻む。そして、わたしは彼の快楽によって作られた女となる…。
「安河内ジュンイチ」は特別な場所でのエステを希望し、わたしを誘った。そこは彼が所有す
る岬の別荘だった。浅瀬になった小さな湾の中で、彼のヨットが帆を降ろし、エメラルドの
碧い水面で微かに揺らいでいるのが別荘の窓から見えた。
彼はそこにとても大切なものを置いていると言った。それは彼の化身である水晶玉だと真顔で
呟いた彼の視線が、一瞬、残酷な鳶色を湛えたのをわたしは見逃さなかった。
別荘の外の日差しはあまりに強く、ひろがる風景を渇いた夏色に霞ませ、過酷に解かした。
夏の太陽は私たちがいる別荘をまわりのすべてのものからわたしたちを遮断し、孤立させる。
まどろむような光に包まれたわたしはいったいどこに佇み、何を見ていたのだろうか。目の前
に拡がる憧憬はしだいに萎縮しながら、わたしの心と体を搾りあげるようだった。
そのとき不意に声がした。彼はすでに全裸でわたしの目の前にいた。きみはほんとうの自分に
なってぼくに抱かれたいと思わないか。彼の薄く透明な唇の動きが気だるい甘さを含みながら
わたしを包み込む。彼はわたしの顔に唇を寄せた。彼の接吻はわたしの唇の先からすべての
言葉をもぎとっていく。そして、もぎとられた言葉のすべてが水晶玉の中に吸い込まれていく
ことをわたしはまだ知らなかった。
薄灯りに包まれた天井の高い部屋は、大きなガラス窓が開け放たれ、その先は酷薄な青色…。
部屋の外には、ただ夏の海と空だけが続いていた。広すぎる部屋の中には最低必要な家具だけ
が置かれていたが、ひときわ目立ったのはアンティークな台に置かれた水晶玉だった。
わたしはこの水晶玉に何を見ようとしているのかしら、とわたしは不意に彼に言った。きみが
見たいと思っているけどけっして見ることができないものだな。だったら、それはわたし自身
の愛かしら。
なぜわたしがそんなことを彼に言ったのかわからなかった。ただ吸い込まれるように輝く水晶
玉がわたしにそう言わせたような気がした。きみは、きみの中にある自分の愛の不在、性の
物憂さを苦痛とし、その苦痛を悦んでいる。心とからだのすべてで。それをこの水晶玉はきみ
の永遠の愛だと言っている…と彼は言った。