JK(後編)-3
「奄美が飲んでるやつ、ちょっとだけもらってもいいか?」
僕のこの言葉をどう受け取ったのか、彼女はミルクティーの飲み口をじっと見つめ、それから僕のコーヒーに視線をそそいだ。
「あ、はい、どうぞ……」
彼女はなぜか敬語だった。
そこでお互いの飲み物を交換し、僕が先にミルクティーに口をつけ、次に複雑な表情で彼女がコーヒーに口をつける。
その行為が間接キスになるんだと後になって気づいたのだが、もう遅かった。
夢見心地な様子の彼女はとても健気(けなげ)で可愛かった。
そのあどけない横顔に言葉をかけてみる。
「奄美のおかげで立ち直れそうな気がする」
「そんな、大げさだよ」
「ほんとうにそう思ってる。だから今日はありがとう」
「ううん、全然」
ぎこちない笑みを浮かべて彼女は首を振る。
けれども僕が腰を浮かせた途端、彼女の顔からは一切の笑みが消え、代わりに名残を惜しむような表情にすり替わった。
そんな目をされても困る、今はそういう気分になれない、とはとても言えなかった。
「それじゃあ先生は帰るから、奄美も気をつけて帰るんだぞ」
「ちょっと待って。だったらさっきの約束はどうなるの?」
「約束?」
「先生の家に行ってもいいって、そう言ってくれたじゃない」
「状況が変わった。だから今日は駄目だ」
「そんな……」
「じゃあな」
自分の影法師すら見えない悪天候の下、僕は重い足取りで公園を後にする。
彼女が追いかけてくる気配はない。
それを確認した上で、今度こそ自宅アパートを目指した。
雪は相変わらず降りつづき、道中、うっすらと雪を被った車を何台も見かけたが、行き交う人もまたこの降雪を歓迎している雰囲気ではなさそうだった。
地方ならともかく、都心などではたった一センチの積雪でも交通網が麻痺するらしい。
せっかくの冬の風物詩なのにな──と物思いに耽っているうちにアパートに到着した。
部屋の時計は午後の二時過ぎを指している。
冷蔵庫を開け、そこにシュークリームをしまう、たったこれだけのことがひどく面倒な作業に感じられた。
それだけでなく、明日からまた学校がはじまるのかと思うと気が重かった。
そんな男性教師の気持ちなどお構いなしに、女子生徒たちはいつものように僕を茶化しにやって来るだろう。
当然そこに奄美梨花の姿はない。
公園で別れた後、彼女はどうしただろう、きちんと家に帰れたのか、今更ながら心配になってきた。