JK(後編)-2
「君だったのか。もう帰ったのかと思ってた」
「さっきのお礼」
そう言って彼女──奄美梨花は僕のとなりに腰を下ろす。
「お礼って?」
「ほら、あたしが自転車で転んだ時、先生が助けてくれたでしょ」
「ああ、あの時の……」
僕は気のない返事をして、手の中で缶コーヒーをもてあそんだ。
彼女はミルクティーの缶を持っている。
「いくらだった?」
僕は尻のポケットから財布を取り出した。
「いいよ、そんなの。あたしの奢り」
「そういうわけにはいかない。ええと、千円あれば足りる?」
「どうして……」
「うん?」
「どうしてあたしからの気持ちを受け取ってくれないの?」
彼女は口を尖らせ、少しだけ目を赤くした。
僕が心を閉ざしてしまったことで、彼女もまた孤独を感じているのかもしれない。
たちまち後悔の念が胸に広がった。
「ごめん。それじゃあ遠慮なく」
結局、僕は彼女の気配りに甘えることにした。
コーヒーを口にふくみ、飲み込んだところで気づいた。
中身はすでに適温になっていた。
「不思議なもんだな」
ぽつりぽつりと僕は語る。
「外側の缶は火傷しそうなくらい熱いのに、中のコーヒーは意外とそうでもない。少し冷めてしまっている、と言ったほうが適切かな」
これに対して奄美梨花が反応を示すことはなかった。
もちろん想定内だったが、僕はさらにつづける。
「先生と彼女の関係も、もしかしたらそんなふうに冷めていたのかもしれないな。表向きは恋人同士の振りをしてたけど、メッキを剥がせばただの他人だった。うまく言えないけど、多分そういうことなんだと思う」
それは自分自身に言い聞かせる台詞であり、奄美梨花に同情されたいが故に吐いた弱音でもあった。
いずれにしても、傷心の時に誰かがそばにいてくれるのは素直に嬉しい。
先生あのね、と遠慮がちに彼女がたずねてくる。
「あたしに方程式の解き方を教えて欲しいんだけど」
「方程式?」
「そう。恋の方程式」
「おいおい」
「それが無理なら、実験に付き合ってくれるだけでもいい」
「実験?何の?」
「先生とあたしで、恋の化学反応を起こす実験」
どこかで聞いたことのあるフレーズを並べられ、僕はちょっと可笑しくなってくすくす笑った。
「あ、やっと笑ってくれた」
そう言って彼女にも無邪気な笑顔が戻る。
してやられた、と思った時には気分がほんの少し楽になっていた。
その後も奄美梨花は終始笑顔でミルクティーを飲んでいた。