JK(前編)-6
「もしかして、その人と結婚するの?」
「どうかな。そうなりたいとは思っているけど」
「プロポーズは?」
「それは、まだ。じつを言うと自信がないんだ」
「だったらあたしと同じだね」
からかわれているようでいて、しかし咎める気にはなれかった。
彼女なりに気を遣ってくれているのだろうから。
「指輪を買おうかと思ってるんだ」
棒読みの台詞みたいに僕は言ってみた。
「指輪?」
「うん。そんなに高いのは買えないけど、気持ちが伝わればいいかな、なんて考えてる」
「そっか……」
会話を交わすたびに、吐息が白く瞬くように消える。
そんなふうに彼女の記憶から僕の存在が消えてくれないだろうか、などと都合良く考えた。
奄美梨花のかじかんだ唇が動く気配がある。
「そうしたらあたし、独りぼっちになっちゃうね」
「うん?」
無関心を装って訊き返すと、思い詰めた様子の彼女がついに核心に触れる。
「だってあたし、先生のことが好きだから……」
これまでの余白を埋めて余るほど、その言葉は僕の胸にすんなり染み込んでいった。
あれだけ心の準備をしておいたのに、あれだけ鈍い男を演じていたのに、僕はもう自分を偽ることすら忘れて彼女の顔をまじまじと見ていた。
思わずシュークリームの箱を掴み損ねるところだった。
そうか、君はやっぱり僕のことをそんなふうに思っていたのか。
僕は彼女のほうへ歩み寄ろうとした。
しかしその直後、僕は道路の向こう側に意外な人物を見つけてしまう。
「メグミ……」
恋人の恵(めぐみ)がそこにいたのだ。
「えっ?」
僕がつぶやいた見知らぬ名前に奄美梨花が反応する。
そして彼女も恵の姿を捉え、やがて状況を把握したのか、その目に嫉妬の色をたたえたまま呆然と立ち尽くす。
恋敵(こいがたき)が目の前にあらわれたのだから無理もないか。
それにしても恵のやつ、こんなところで何をしているのだろう。
僕の知らない洋服を着て、派手な化粧を塗りたくり、不動産屋の店先に一人で立っている。
今度の日曜日は実家に帰る用事がある──先週会った時に恵は確かにそう言っていたのだ。
となるといよいよ辻褄が合わなくなってくる。
ならば他人の空似というやつなのか。
あそこにいる女性は恵ではなく、まったく別人の誰かなのか。
僕は試しに恵の携帯電話にかけてみた。
間もなく発信音が聞こえ、すぐに呼び出し音が鳴る。