JK(前編)-4
するとそこにも自転車に乗った人影が。
あの子はさっきの、と口には出さなかったものの、僕の胸の内で弾むものがあった。
五十メートルほど離れたところに奄美梨花がいたのだ。
彼女はこちらに気づくと、なぜか自転車から降りてしまった。
遠目に見ていてもスカートから伸びた脚が動くことはなく、彼女はじっとそこに佇んでいる。
だからと言って誰かと待ち合わせをしているふうにも見えない。
試しに僕は公園沿いの歩道を少しだけ歩き、振り返ってみた。
やはり僕と同じ分だけ彼女も移動していた。
子どもの頃にやった「だるまさんがころんだ」という遊びを思い出し、なんだかなあ、と苦笑いした。
このままアパートまでついて来られでもしたら厄介だ。
どうしようか悩んだ挙げ句、僕は歩き出していた。
そして公園の角を曲がって彼女のことを待ち伏せる。
一体どういうつもりで後をつけてくるのか問い質(ただ)してやろうと思った。
けれどもどれだけ待っても彼女が追いついてこないので、心配になって来た道を戻ってみると、倒れた自転車のそばに奄美梨花がしゃがみ込んでいた。
道端に散乱した持ち物を一人で拾っている。
「奄美、大丈夫か?」
彼女に駆け寄り手を差し伸べた。
「ちょっと転んじゃった」
努めて明るく振る舞うその笑顔に、僕は息苦しさをおぼえる。
差し伸べたままになっている手を下ろし、一緒になって筆記用具などを拾っていると、ふとした時に二人の手が触れ合う。
「あっ」
咄嗟に手を引っ込めたのは彼女のほうだった。
その手は氷のように冷たく、体温がほとんど感じられなかった。
と、彼女が何かを言いかける。
「先生、あの……」
「うん?」
「えっと、その……」
「どこか擦りむいたのか?」
「ううん、やっぱりなんでもない」
「そうか」
「うん」
そう言ったきり、しばしの沈黙がおとずれる。
「今度は転ばないように気をつけるんだぞ?」
やっとそれだけ告げて、僕は彼女を残したままその場を立ち去った。
もうついて来るんじゃないぞ、と言わなかったのは、自分の中にくすぶっている部分があるからだった。
いやおそらく、突き放したところで彼女はついて来るだろう。
案の定、いくらも歩かないうちに自転車を押しながら彼女が追いついてきた。
心なしか機嫌が悪そうに見える。
「勘違いしないで。あたしもこっちに用事があるの」