追憶のアネモネ〜捨てられない女〜-4
「それでですね、その姉崎萌音が誰なのかというと、じつはわたしだったんです」
「はあ?奈央にはAV女優らしい要素が一つもないじゃない」
「ほんとですってば」
そう言って奈央は鼻歌混じりにスマートフォンを操作し、そこに怪しげな動画を再生させた。
全裸の女の子が体中をもてあそばれてアンアン喘いでいる。
「ここに映ってる子がアネモネちゃんです。ほら、わたしにそっくりだと思いませんか?」
「ていうか奈央にしか見えないんだけど」
「うふ」
「うふ、じゃなくて、どうしてこんな動画を自分で持ってるの?」
「どうしても捨てられなくて……」
「捨てなさい」
晴美はきっぱりと言った。
だが二人ともかなり酔っているので、晴美の気持ちが奈央に伝わったのかどうかは不明だ。
「別に捨ててもいいんですけど、じつはこれ、ネットで検索すればいつでも見られるんですよね」
それを聞いて晴美はこれ見よがしに溜め息をついた。
「奈央の旦那に見つからないことを祈るしかないわね」
「ちなみに先輩にはそういう恥ずかしい過去はないんですか?」
「ありません。あったとしても言わないから安心して」
晴美はおぼつかない動作でテーブルの呼び出しボタンを押した。
「あたしお茶漬け食べるけど、奈央はどうする?」
「えーっと、バニラアイスを召し上がりまーす」
「日本語おかしいから」
間もなく女性従業員がやって来て、お伺いします、と伝票を構えた。
「えっと、あたしが梅茶漬けで、こっちの子がバニラアイス」
「どうも、アネモネちゃんです」
そんな調子で奈央が意味不明な自己紹介をすると、困った女性従業員は愛想笑いを浮かべた。
奈央たちのことをただの酔っ払い客だと思ったようだ。
何はともあれ夜は更け、お茶漬けとアイスクリームまで美味しくいただき、女二人はご満悦の様子でまったりしていた。
いや、お茶漬けに添えてあったお新香がまだ残っている。
「先輩、これ食べないんですか。いらないならわたしが食べちゃいますよ?」
「もう無理。お腹いっぱいだわ。奈央にあげる」
「残したらモッタイナイオバケが出てきますもんね」
と、奈央はおどけた仕草でお新香を口に放り込んだ。
ぱりぽりぱりぽりと小気味良い音が歯茎にまで伝わってくる。
絶妙な塩加減だ。
すると奈央の頭の中にとっておきのエピソードが閃(ひらめ)いた。