追憶のアネモネ〜捨てられない女〜-3
「ちょっと、ふざけないでください」
「ローターの振動が恋しくてしょうがないんだろう?」
「違います。わたしが使ってるのはローターじゃなくてバイブです」
「えっ?」
「えっ?」
「そっちだったんだ……」
「そっちって、わたし何か言いましたっけ?」
「ううん、何でもない」
会話が途切れたところに奈央のアセロラサワーが来た。
晴美は飲み物のメニューに視線を落としながら、奈央が口にした台詞を冷静に反芻(はんすう)する。
さっきの卑猥な言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
「お飲み物はどうされますか?」
空いたジョッキを見つけた女性従業員が訊いてきたので、晴美は即座に注文しようとした。
「それじゃあ、バ……」
思わずバイブと口走ってしまうところだったが、ギリギリセーフ。
「バナナヨーグルトのカクテルをください……」
ついでにおつまみの追加もしておいた。
こちらは滑らかに言えたのでほっとした。
「んもう、奈央が変なことを言うから」
「先輩こそ」
「で、何の話をしてたんだっけ?」
「先輩、もう酔ったんですか?」
「ああそうそう、ごみの分別の話だったわね」
「そうでしたっけ」
なんだかんだ言いながらも、その後も恋愛論を交えたガールズトークで二人は大いに盛り上がった。
気付けばアルコールの摂取量はすでに限度を超えており、可笑しくないのに笑ったり、悲しくないのに泣いたりと、感情のスイッチもいよいよ壊れはじめる。
皿に残っていたピーナッツを指でいじくりながら、不意に奈央が妙なことを言う。
「ねえ先輩、アネモネって知ってます?」
「アネモネって言ったら、えーと、春先に咲く花の名前じゃないの?」
「ですが」
「なにこのクイズ番組みたいな流れ」
「では、アネモネの花の原産地は?」
「うーん、地中海とか、確かその辺だったような……」
「ですが、かつてアネモネという名前で活躍していたAV女優とは?」
と、ここでシンキングタイムに突入したらしく、奈央の口から調子の狂った効果音が聴こえてくる。
いくら秒針が時を刻んだところで晴美が答えられるはずもなく……。
「時間切れでーす」
「そんなのわかるわけないじゃん」
「正解は、アネザキモネでしたー」
「知らない知らない」
そして「姉崎萌音」という漢字を書くのだと奈央は説明した。
「なんか無理矢理な感じのキラキラネームだよね、それ」
「AV業界じゃ普通ですよ、せーんぱい」
「ごめん、あたしまったく興味ないから」