追憶のアネモネ〜捨てられない女〜-2
そんなふうに前置きしてから奈央は打ち明けた。
「じつは荷物のことで悩んでるんです」
「荷物って、今住んでるアパートの荷物?」
奈央は口を尖らせつつうなづいた。
「彼が言うんです。嫁入り道具は必要最小限にしてくれって」
「そうね。新居に引っ越しするとなると、いらない物は思い切って捨てなきゃならないし、かと言って思い出の品を捨てるのは気が引けるし」
「そうなんです。たとえば前に付き合ってた彼氏にもらったプレゼントとか、処分に困っちゃって」
「それは捨てるべきよ。だってさあ、旦那に見つかったら言い訳できなくない?」
「わたしもそう思うんですけど、何曜日に捨てればいいのかわからなくて」
「なるほど。可燃物か不燃物かで迷ってるってことね」
後輩の言う問題点が晴美にもようやく呑み込めてきた。
そこへ女性従業員があらわれたので、二人揃ってそちらを向いた。
どうやら注文しておいた料理が来たようだ。
「すみません、アセロラサワーください」
もはや二杯目をオーダーしたのは奈央だった。
ここから先は酔っていないと話せない内容なのだ。
それはさておき、酒の肴が次々とテーブルに並べられていく。
まぐろのお造り、串の盛り合わせ、アボカドと海老のサラダなど、どれもこれも美味しそうなものばかりだ。
女性従業員が個室から出て行くのを見届けると、さっそく二人して目の前のご馳走に箸をつける。
「ねえ、さっきの話だけど」
口の中のアボカドを咀嚼(そしゃく)してから晴美は言った。
「元彼からもらったプレゼントって、指輪?」
「いえ、そんな高価な物じゃないです」
「写真?」
「うーん、それも違います」
もっときわどい物です、と奈央は付け加えた。
すると晴美は妄想する顔つきになり、やがて納得したふうに何度かうなずいて声をひそめる。
「エッチなおもちゃ?」
奈央は頬を赤くしただけでイエスともノーとも言わなかったが、それはすなわち肯定しているのと同じ意味だと気付いた。
女同士だからこそできる猥談である。
ここだけの話ですよ、と後輩に念を押されるも、晴美にはここだけにしておける自信がまるでなかった。
「だったら嫁入り道具として持って行けばいいじゃない」
「えー、やだー」
「どうせ人妻になるんだし、昼下がりのお楽しみに重宝すると思うけど」
「やめてくださいよ、そういう冗談」
「奥さん、ほんとうは体が寂しいんでしょう?」