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追憶のアネモネ
【その他 官能小説】

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心霊スポット-8

「ちょっと待って」

彩夏が急に立ち止まるので、透はずっこけそうになった。

何か聞こえる、と彼女が言っている。

「こっち」

彩夏に手を引かれて透もついて行く。

すると何やらアラームらしき電子音が聞こえてきた。

音の在処(ありか)を辿った先には、看護師たちの詰め所──ナースステーションがあった。

もちろん人が詰めている気配はない。

設備にしても電気系統が遮断されていて動かないはずである。

にもかかわらず、壁のランプが点灯しているのだった。

「ねえ、あれってまさか、ナースコールじゃない?」

彩夏は言った。

「嘘だろ、こんなのありえないよ」

透の表情が凍りつく。

呼び出し音が勝手に鳴るわけがないのだ。

だとしたら子どものいたずらか……いやいや、それはないだろう。

透が納得のいく答えを見出せないでいると、重要なことに気づいた彩夏が声を震わせる。

「このナースコール、やっぱり変よ。だってほら、この病室の番号見てよ」

彩夏にうながされ、呼び出し中の部屋番号を透も確かめる。

そして彼は青ざめた。

そこは、さっきまで二人が情事を交わしていた部屋に違いなかった。

「どういうこと、説明してよ?」

彩夏に意見を求められるが、透に答えられるわけがなかった。

彩夏は苛々している。

そして何を血迷ったのか、彼女は音声接続のボタンを押してしまう。

「押しちゃだめだ!」

しかし透が叫んだ時にはすでに遅かった。

二人同時に息を飲み、びくびくしながら耳を澄ませる。

夏の虫がどこかで鳴いているだけで、ほかには何も聞こえない。

「ただの誤作動だったみたいだね、うん、きっとそうだ」

透が言うけれど、彩夏はうなずかない。

その代わりに、笑顔でも泣き顔でも怖い顔でもない、何とも形容しようのない表情で佇んだまま一点を見つめている。

誰かの声が聞こえるのだと言う。

しかしそれは彩夏にしか聞こえない声らしく、透は半分パニックになった。

男性とも女性とも大人とも子どもともつかない、恨み辛みを訴えるおそろしい声。

彩夏はわけがわからなくなり、今度こそ逃げ出そうとするが、肩の辺りに違和感をおぼえて足止めを食らう。

それは透ではない誰かの手の感触だった。

「後ろ、見ちゃだめ……」

彩夏は警告した。

「えっ、後ろ?」

頭の回転が鈍い透は、条件反射で後ろを振り返ってしまう。

「ひいいっ?」

そして彼は悲鳴にならない悲鳴をあげ、それが伝染した彩夏もまた腸(はらわた)がよじれるような絶叫を響かせた。

「いやあああああ!」


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