あるのは ただ憎悪のみ-4
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「行ってらっしゃい」
「行ってまいります」
出勤する前、僕とその女はいちおうこの挨拶をする。
天国と地獄に別れる出来事が、いつ来るかわかりはしない。
その時、借りを作っておきたくない。
どんなにちょっとした外出でも、僕とその女は抱擁をかわして離れることにしている。
もっとも、その女の事だ。僕が出てる間に、家に男を呼び寄せてるに違いない。
「年下好きだからな…… 童貞キラーかも知れない。」
乗換駅に着いた。エスカレーターに向かっていると、混みあうホームのど真ん中で立ちはだかる女がいた。スマホに何か受信したらしい。
僕は追いこしながら言った。
「立ちどまるなよ。きったねぇカカトしやがって。」
エスカレーターの近くに来ると、後ろの方がザワつきはじめた。
エスカレーターでのぼりはじめて、ふと後ろを高い視点から見ると、あの立ちどまった女がホームに突っ伏していた。まわりに人が集まり、駅員や女の知人らしい女性がしきりに呼びかけているようだった。
「え、あれってまさか僕が声をかけたから?
とっさに言った事が、あんなに効いたとは……僕の『言刃』もだいぶ研ぎ澄まされてきたかな。」