010 殺らなきゃ殺られる・1-2
いったい、誰がこんなことを? 晶は慎重に周囲を警戒しながらも、精一杯状況を整理しようと努めていた。七番目に教室を離れた金見雄大と、八番目の香草塔子。彼らの前に出発したのは、秋尾俶伸、朝比奈深雪、有栖直斗、泉沢千恵梨、小田切冬司(男子三番)、そして榎本留姫の六名だった。立て続けに殺された二人を思っても、この中に殺人犯がいるのはまず間違いない。香草塔子の次に出発した如月昴に関しても思うところはあったが、恐らく白だと晶は踏んでいた。彼女の一つ前の金見雄大が同時に殺されているからだ。もちろん、塔子を待っていた雄大と合流した塔子を、後から来た昴が殺害、と言う可能性もないわけではなかったが。
順を追って考えよう。まずは、一番に出発した秋尾俶伸だ。彼は不良少年のような風貌をしているし、実際につるんでいる仲間も悪目立ちしている面々だが、当の本人は何事にも無気力で他人任せなところがあった。妙に希薄な部分があったし、自発的に行動を起こすとは考え難い。俶伸に続いて出発した朝比奈深雪は眼鏡が印象的な文学少女だが、故に体力的な面において優れた特徴はなく、同性である香草塔子はともかくそこそこ体格の良い金見雄大を殺せたとは思えない。そして、盟友とも言える間柄の有栖直斗は──いや、虫も殺せぬようなお人好しの彼のことだ。まず有り得ない。そして、女子学級委員長でありクラスメイトへの影響力が強い泉沢千恵梨。ある意味で最も考えたくない可能性である。女子陸上部で鍛え上げられた高い身体能力、中でも短距離走を得意としていた彼女はその瞬発力を生かして、一瞬で首をかっ切るくらいのことは出来そうである。金見雄大の遺体は、喉仏から首の裏にかけてやや斜め下に鋭い刃物のようなもので大きく切り裂かれていた。明らかな致命傷であった。身体中、主に背中から腰にかけて滅多刺しにされていたが、こちらの傷は割と浅い様子だった。恐らく犯人は背後から彼を襲ったのだろう。後ろから見て右側の頸動脈が見事に裂かれている様子を思うと、彼を襲った人物はたぶん右利きだ。それに切り口が斜め下に向かっているところを見ると、彼よりも身長が低いのではないか。そう考えると秋尾俶伸と有栖直斗はやはり容疑から外しても良いだろう。朝比奈深雪と、泉沢千恵梨、そして千恵梨の次に出発した小田切冬司は──あまり背は高くなかった。しかし小川のように穏やかで聡明な彼のことだ、あまり疑いたくない。第一、行き当たりばったりなこの画策はあまりベストとは言えない。恐らく殺人犯は準備も覚悟もままならぬ内に全員を抹殺してしまおうと考えたのだろうが、よほどの体力バカならともかく(それにしたって二分起きに四十名近くを葬り去るなんてとんだ苦業だ)、瞬時に仕留めるには集中力も判断力もいるし、失敗し相手に抵抗されれば時間も体力も消耗する。現に香草塔子に関してはだいぶ苦戦を強いられたようだ。繰り返すが小田切冬司は聡明な男だった。もし、万が一、彼が殺る気だとしたら、もっと上手いこと立ち振舞うだろう。そして、その次の、一番よくわからないのが榎本留姫だ。女子の中でもかなり小柄で華奢な体格だし、読書ばかりしてる様子からしてあまり運動神経が良いタイプではない。ただ、彼女は物静かな性格だが、それに呼応するかのように気配をあまり感じさせない少女だった。例えるなら、猫。教室の戸を引く際も、席を立つ際も、本のページをめくる音さえも静かだった。しかし緊迫したこの状況において、気付かれず背後に忍び寄るなんて所業が出来るだろうか。雄大が気を許してうっかり背を向けるほど人当たりが良いわけでもない。