前章(二)-19
(香山との目交わいは、余程、具合が良いのかも知れないな)
そんな下衆な勘繰りから独りにやけていた時、突如、扉の開く音が聞こえたと思うと、目の前が眩しくなった。
(やばい!)
大いに焦る伝一郎。胃の腑が迫り出す様な感覚に襲われ、心臓が爆発しそうな位、激しく脈打っている。何処にも逃げ場が無い、まさに“袋の鼠”状態に陥ってしまった。
(こう為ったら!)
咄嗟に、仕切り板の影に身を隠した──。このまま見つかったら、自分の立場は窮地に追い込まれる。此の状況を打開し、尚且つ、逆に有利な立場と成るには、たった一つの方法しか無い。
(貴子を犯して、何も言えなくしてやる!)
義理とは言え“母親を手籠めにする”等と、悪魔の様な行為を頭に思い描いた途端、伝一郎の中に巣食う“気違い”の部分が姿を現し、此の上無い興奮と、象徴である陰茎が漲ぎり出した。
息を殺し、小さく屈み込んだ姿勢は、正に、獲物に飛び掛からんとする獣である。
(来た……)
仕切り板の向こうから、浴衣姿の貴子が現れた。
髪を結い上げ、上気した頬や首元を手拭いで抑える様子からすれば、入浴中だった様だ。
ほんの傍らに隠れる伝一郎の存在に、全く気付く様子も無い。
「少し、蒸すわね……」
そう独り言を呟いた貴子は部屋の奥へと進み、窓を少しだけ解放した。
僅かな冷気と煙の臭いを、風が運んで来る。貴子は浴衣の合わせ目を緩めると、熱った身体を風に晒した。
襟が肩当たり迄落ちて、襟首が丸見えになっている。が、貴子は、それを誰かが、況してや義理の息子が見ていようとは、露程も思って無かった。
(さすが子爵の御令嬢だ。菊代とは違う色香が有る)
伝一郎は、貴子の後ろ姿に思わず喉を鳴らした。
──此れ迄、自分を見る度に悲しみを湛えた瞳で恨み節を聞かされ、本心から“関わりたく無い女”としか見れなかったが、その様な先入観を取り除いて見ると、成程、しゃぶり付きたく為る様な良い身体をしている。
伝一郎は、そっと中腰の体勢になると、背を向けた貴子へと向かい出した。
距離が、三間、ニ間、一間半と徐々に縮まり、それに伴い、視界に映る貴子が徐々に大きくなる。身体が空気を求め、息が上擦りそうになるのを必死に堪えながら、音も無くにじり寄って行く。
(もう、ちょっとだ……)
その距離半間。正に手の届く位置となり、伝一郎は立ち上がった。
両腕を横に広げ、掴まえようとした時、貴子は初めて、背後の異変を察知したが、余りに遅過ぎた。
「……!」
声を挙げようとする貴子の口を、既の処で伝一郎の手が被い塞ぐ。勢いのまま二人はベッドに倒れ込み、伝一郎は素早く、上にのし掛かろうとした。
貴子は、伝一郎から逃れようともがいた。浴衣の前は大きくはだけて、熟れ過ぎた女体が露になり、乳房が大きく揺れた。
十七歳とは言え、男の強い腕が貴子の細い両の手首を束ねて掴み、ベッドに押し付ける。振りほどこうとしてもびくとも動かない。しかも、両足の間に身体ごとのし掛かっている事で、貴子がもがけばもがく程、身体の自由を奪われて行く。女の扱いに長けた伝一郎らしい。