齋藤春宮の悩み 〜想い、花開く〜-16
翌日。
「ほえぇ……」
目を丸くした美弥は、変な声を上げていた。
同じ制服姿の男女がぞろぞろと登校する、いつもと変わらない風景。
美弥と手を繋いで女性に対する防護策を講じている龍之介は、不思議そうな顔をする。
「何かあった?」
「あれよあれ」
言われた龍之介は、視線を美弥から前方に転じた。
分厚い眼鏡と頬のソバカスが垢抜けない楓の姿を認めた龍之介は、楓の隣に少年を見出だす。
今年の新入生の中でも十指に入る美少年と評判の……。
「誰だっけ?」
かつては校内でも五指に入ると言われ、今現在は校内一番との呼び声も高い龍之介の言葉に、美弥はずっこけた。
「齋藤春宮君よ。楓と付き合いあったんだぁ……知らなかったなぁ」
「……何で名前を知ってるんだ?」
子供じみたくだらない嫉妬だとは思うが……唇を尖らせ、龍之介は尋ねる。
「やぁね、噂話よ。う・わ・さ」
龍之介を不安や疑心暗鬼に陥れないよう、単純明快に美弥は答えた。
同時に繋いだ手へ力を込め、言葉を強調する。
「ふぅん……」
面白くはなさそうだがいちおう納得した声で呟く龍之介を見て、美弥は苦笑した。
子供じみたやきもちは、ひっくり返せば原始的な愛情の発露に外ならない。
「嫉妬する?」
ずばりと言われた龍之介は、目を白黒させる。
「私が見てるのは、龍之介だけだからね?」
「ん」
疑問も嫉妬も美弥の一言で解消してしまうのだから、我ながら現金なものだ。
それと同時に、たった一言で自分の嫉妬を鎮めてしまう美弥のパワーを、素直に凄いと思う。
「あ、おはよ!」
不意に後ろへ振り向いた楓が、二人に気付いて挨拶を寄越した。
「おはよ!」
快活に、美弥が挨拶を返す。
「おはようございます、高崎先輩」
距離が近くなると、春宮が龍之介に挨拶した。
「おはよう、齋藤君」
その呼び方で去年の出来事を思い出し、頬を引き攣らせつつ龍之介は挨拶を返す。
視界の端にあの二人の姿を認めた気がして、龍之介は鳥肌の立つ二の腕をさすった。
あれ程の恐怖を味わわせてくれた人間に、二度と近付きたくない。
「あ、紹介するわね。昨日から彼になった、齋藤春宮君」
楓の紹介の仕方に、春宮は真っ赤になる。
「楓さん……」
抗議らしき言葉を捻り出そうとした春宮は、楓のウインクで遮られた。
「残酷な女だって、承知したんでしょ?」
「……はい」
早くも部外者には分からない独自のコミュニケーションを作り上げている二人を見て、美弥は目を丸くする。
「彼とは、いつ知り合ったの?」
美弥の質問に、楓は微笑んだ。
「かれこれ三年くらい前ね……ま、私は覚えてなかったんだけど」
「俺はずっと覚えてましたよ」
微かに怨みがましい声で、春宮は抗議する。
「よくあんな些細な事、覚えてたわね」
春宮は、傷付いた顔をした。
楓は、ニヤリと笑う。
「だから言ったでしょ?私は残酷な女だって」